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変容
【SM 官能小説】

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変容-13


………


 六年前のサタミとの記憶が絵の中から鮮やかに甦っていた。絵の中の虚ろな深淵から彼の姿
が亡霊となって私に絡みついてくる。

美術館の閉館を知らせるアナウンスに気づかされた私は、その絵から逃れるように建物の外に
出た。いや、私はけっしてその絵から逃れることはできないことはわかっていた。誰もいない
黄昏の公園に灯り始めた街灯の淡い光を、音もなく降り始めた雪が斑に染めていた。  

私は、湖畔にある展望台まで公園の中を無心に歩いた。ただ、歩き続けた。サタミの顔があと
からあとから追いかけてくる。あの絵の中から追ってくる彼の視線が、まるで私の後ろ髪を
引いているかのようだった。


実は、私は六年前のサタミと過ごした洋館での出来事をあまり憶えていない。いや、憶えて
いないというより、それが現実であったのか、幻覚であったのか、わからなかった。

あの夜の翌日、私は洋館の近くのホテルの部屋で、ただひとり目を覚ました。
前日の夜、あの洋館は原因不明の火災で消滅した。そして焼け落ちた洋館の地下室に埋もれて
いたた焼死体は、鑑定の結果、サタミ本人であることが判明した。彼の身体には鎖が巻きつけ
られた痕が残っていたことから、警察は事件と事故の両面から捜査したが真相は明らかになる
ことはなかった。そして、あの絵が洋館の中にほんとうに存在していたものなら、当然、火災
で焼けてしまった私は思っていた。



暗澹とした湖に面した展望台に、私はいつのまにかたどりついていた。
眼下の黒ずんだ湖畔の岸辺に水の音がした。いや、それは水の音ではなく、サタミが私を嘲笑
う声だった。私にはわかっている………彼が自虐的に自らを死に至らしめたことを。

そして消滅したはずのあの絵は現に存在し続けている、あの絵の中で彼は生き続けているのだ
…私を彼のものとして永遠に呪縛し続けるために。

私は記憶の中で彼に抱いた蒼白い、冷徹な性の幻影にずっと翻弄され、同時に彼に囚われ続け
てきた。それは呪縛され続ける果てしない性のまどろみでさえあった。サタミは、あの絵に描
かれた真実が私の中から消し去られ、私の中で淡い菫色の煉獄の絵に塗り替えられることを
けっして赦さないのだ………。



不意に、雪がやんだ。視界の果てには煌びやかな星が散りばめられた夜空が広がる。遠くでク
リスマスのミサを告げる教会の鐘が鳴り、森閑とした闇に包まれた湖畔に木霊する。


ふたたび、私に聖夜の偶然が訪れた……。

突然、青白い閃光が、夜空に散りばめられた星のあいだを縫うように流れた。光の帯はゆらゆ
らと揺らめき、次々と緑や紫の神秘的な模様を描きながら煌めき、重なり、もつれ、めまぐる
しく変容しながら神秘的な光のカーテンを織りなしていく。


それは、遠い昔……私がこの場所で見たオーロラだった。

流れる光は収束と拡散を音もなく繰り返し、天空に身をよじるように戯れる。どこからか聞こ
えてくる音楽……それはサタミと聞いたメタモルフォーゼンだった。折り重なる弦楽器の音に
操られるように光のカーテンがゆるやかにたなびく。その光と音の変容は未知の形態を模索す
るかのように、うねり、狂い、私に迫ってくる。

それは私がサタミとともに求め続けなければならない、果てしない贖い(あがない)の性愛、
そのものだと言える……。



「………高潔な心と優れた理性とをそなえた人間が、聖母の理想をいだいて踏み出しながら、
 最後は、悪行(ソドム)の理想をもって堕ちてしまう。それよりもっと恐ろしいことは、
 悪行の理想を心に懐いている人間が、同時に聖母の理想をも否定しないで、真底から美しい
 理想の憧憬を心に燃やしていることだ……」(フョードル・ドストエフスキー)


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