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変容
【SM 官能小説】

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変容-10

 窓の外には、牡丹雪が朝の淡い光にまぶされ、音もなく宙を浮遊している。

 朝のシャワーを浴びた私が部屋に戻ったときには、白いガウンを纏ったサタミは窓辺に佇み
ながら煙草を吸っていた。暖かく充たされた部屋に、開かれた窓から冷たい空気が心地よく流
れてくる。冷気は火照った私の肌の隅々を癒すように忍び込んでくる。

「よく眠れたようだな」とサタミは私の気配を感じたのか、ふり向くことなく言った。

「外は雪なのに暖かい朝だわ…」と言いながら、彼の傍に寄り添うように佇む。彼の手が私の
からだを引き寄せる。彼の体温がじわりと伝わってきたとき、彼の指や唇、そして彼のものを
奥深く受け入れたときの弛緩と収斂の肉感、そして生あたたかい精液の流れが残照のように私
の奥に甦る。


「おれたちは、まだ始まっていない…あの頃の何も取り戻してはいない」

 不意に彼が独り言のようにつぶやいた言葉に私は返す言葉はなかった。わかっていた……私
たちにはあの頃いだいていた苦痛がなかった。愛しあう苦痛が。どれほど愛し合ってもたどり
つけない苦痛……。苦痛は欲望を生み、欲望は苦痛を欲しがった。

「過去のものは取り戻せないわ…それに取り戻す必要もない…」
 嘘だった…。私はあの頃の自分を取り戻したかった、あの頃のふたりの関係を欲望していた。


 そのとき、窓の外をながめていた彼が不意に言った。
「おれたちに必要な部屋はこの部屋ではなく、この建物の地下室にある。その部屋に行く前に
きみに見てもらいたいものがある」



サタミは廊下の突きあたりの重い扉の鍵を解き、深々とした絨毯が敷かれた建物の奥に私を導
いた。

きみに見せたい部屋、その場所がここだ……。私はひんやりとした建物内部の澱んだ空気の底
から彼の声を拾いあげるようにつぶやいた。豪華なシャンデリアのある広間の奥の壁の方へ、
彼は私の手を引く。正面の壁に掛けられた大きな一枚の絵が仄かな光でくっきりと浮かび上が
っている。彼は、咥えた煙草の先で私の視線を絵の方へ導く。


その絵がどういうものなのかに気がつくのに時間はかからなかった。

荘厳な教会のような伽藍の淡い光の中で、黒光りのする十字の刑架に縄で縛りつけられた男…
…。男は黒い聖服のような衣服を無残に引き裂かれ、ほぼ全裸に近い姿で生々しくペニスを露
呈させている。その刑架の前では、床にのけ反る修道女らしい女が肌脱ぎになり白すぎる下半
身を卑猥に露わにし、黒い獣のような体毛で覆われた男に犯されていた。

「刑架のこの男は神父でありながら、愛する聖女が男に獣姦される姿に欲情をいだき、ペニス
をそそり立たせている。美しく敬虔な信仰は背徳の極みに縁どられた肉の悪行に変容している」
と、サタミは私の耳朶を舐めるようにつぶやいた。

「これほど美しい憧憬があるだろうか……きみにはわかるはずだ。この絵の中のすべての人物
の表情がいかに美しいか…」


「変容」と題された絵の中には、淡い光の中で薄墨色の気だるい憂いを描かれた男女の裸体の
隅々が精緻に描かれている。

「この神父の男の顔、そして犯されている聖女の顔……神に怯えるどころか、実に生き生きと
した表情をしている。やがてこの神父と女は死に至るくらい神の罰を受けようとしているのに、
清らかな顔は麗しい音楽を囀っているようだ。きみには、この音楽が聞こえるはずだ。おれた
ちがあの演奏会で聞いた曲だ……」

その言葉に、私の胸の中が小刻みに震え、絵の中の人物に吸い込まれる。サタミの言葉が、拷
問のように私をからからに渇かせ、心と肉体からまるで苦痛を搾りだそうとしているかのよう
だった。


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