3-7
「ああ、昨日は亜沙美に寂しい思いさせちゃったからな」
「かー、優しいねぇ。こんなにもカノジョ思いの彼氏を持って、亜沙美は幸せもんだね」
いつもの冷やかす口調だったけど、何か引っかかるような感じで、あたしはまともに彼を見つめられなかった。
その時、
「筒井さーん、1番にお電話入ってます」
と、事務の女の子があたし達の間に割り込むように声をかけてきた。
「ああ、はい。……じゃあ亜沙美、また後でな」
筒井くんはあたしに軽く手を挙げてから、そそくさと自分の席に戻っていった。
「何、今日の夜デートすんの?」
「う、うん……」
「そ、よかったじゃん」
遠藤くんはいつものように八重歯をニカッと見せて笑った。
あたしに「よかった」と言ってくれるその言葉に嘘偽りなんてまるでないような無邪気な笑顔。
「うん、まあ、ね」
ぎこちなく笑い返すあたしに、遠藤くんはそのまま小さく手を上げて、
「じゃあ、オレも席に戻るわ」
と、あたしに背中を向けた。
その後ろ姿をこっそり見つめるあたしの胸はざわめいていた。
あんなに激しく抱き合ったのに、どうしていつもと変わらないの?
本当にいつも通りの話し方に笑い方。
まるで昨夜のことが夢であったかのように、彼はいつもと同じだった。
でも、ハッキリ覚えている。
彼の体温、彼の匂い、彼の肌の感触、全てを。
好きだって言われた事だってハッキリ覚えている。
でも、あたしは彼に抱かれながらも筒井くんと別れるつもりはなかった。
だから、こうして変わらずに接してくれるのはむしろありがたいはずなのに、なぜだか胸が痛くなる。