1話-3
その言葉に、『そいつ』はガバッと顔を上げた。
私の顔を見るや否や、睨んでくる。
「大丈夫なわけねえだろ!?どうすんだよ!ランタン無いと俺歩けないんだよ!?」
「す、すみません・・」
涙ながらに訴えられて、反射的に謝罪する。
社会人の弱いところがありありと分かる。
言葉に詰まった私を見て、『そいつ』は私に訴えても無駄だと察したのか、またもぐすぐすと泣き出した。
どうしてだか、私は悪くないはずなのに、どこからか罪悪感が漂う。
ちらりと、『そいつ』の隣に転がったどす黒い色のカブのような物を見る。
きっと、『そいつ』が泣いている理由はこれだと思うのだが、何がどう壊れていて、ダメになっているのかが全く分からない。
それをひょいと拾い上げる。拾い上げる、というよりは持ち上げる、に近かった。
なかなかの重量があった。お米ひと袋分、といったところだろう。
中が半分ほどくり抜かれていて、先が見通せるような作り。
どこか、この時期によく目にする飾りと似ている。
「・・ランタン・・」
野菜をくり抜いて、ランタン代わりに使用していた。
どこかで聞いたことのある話だ。
それはよく聞くおとぎ話でもなく、有名な漫画やアニメでもなく。
ちょっとした都市伝説のようなものだ。
というより、ちょっとしたイベントのようなものではなかったか。
「・・・あぁ、ジャックオーランタン」
確か、カブだかカボチャだかをくり抜いて、中に火を入れてランタンとして使用したりオブジェとして飾ったりするのでは無かったか。
ならば話は簡単だ。
火、もしくはキャンドルを入れてあげればいい。
壊してしまったのは私だし、それくらいならば弁償も難しくない。
仕方ないが、巻き込まれてしまったのが運の尽きというやつだと割り切るべきだろう。
「あの、」
そう思って、声を掛けようとしたが、何故だか驚いてこちらを見ている視線とかち合ってしまった。
え、と思った時には、いつの間にか立ち上がっていた『そいつ』は距離を詰めてきた。
先程よりも詰め寄られて、眼前にまで『そいつ』の顔が近づいたとき。
鼻息荒く、『そいつ』が口を開いた。
「お前なんで俺の名前を知ってる!?やっぱり悪魔か!?」
「・・は!?」
『そいつ』のとんでもない発言に、私は目を見開いた。
言うに事欠いて、悪魔だとと抜かさなかったか。
驚きと、事態の急展開についていけず、口が開いたままになる私を置いてけぼりにする『そいつ』は体制そのままに好き勝手に話し出す。
「やっぱり悪魔か!人のランタン壊しやがって!俺のランタン壊すなんて悪魔の所業だもんな、だいたい悪魔の匂いがしたからここまで来たのに、なんでこんな色気もなにもねえ女に転生してんだよ、平凡すぎて探すの時間かかっちまったじゃねえかよ!だが見つけたからには俺の言うこと聞いてもらうぞ、俺の魂を狩れ!そんでお前も道連れだ!いいな!」
「・・・」
「おい聞いてんのかよ!おい悪魔女!」
《バゴンッッ》
瞬間、今までの流れの中で一番強い音がした。
音が生まれた場所に残っていたのは、粉々になったどす黒い欠片たち。
その残骸を自分の足元に見やり、一、二歩後ずさった『そいつ』は目を見開き、口を真一文字につぐんだ。
黙るなら最初からそうすればいいのに。
「悪魔、平凡、色気もない・・」
「・・あ、いや、それは・・」
「えぇ、えぇ、それはそれは色気もなく地味で平凡で彼氏も居たことないし猫とスイーツが生きがいですけど一体それの何がいけないんでしょうかましてや悪魔の所業などと言われる筋合いないんですよ人外に」
「そ、そこまで言ってないだろう・・?」
「は?」
「すみません」
手に残っていた、カブだったものの粉をパンパンと両手で叩いて落とす。
パンプスで足元に散らばる欠片を踏みながら、『そいつ』が開けた距離を詰める。
「私は、悪魔じゃありません。人間です。悪魔はそっちでしょう?」
にこりと笑って、首を傾げてみる。
女性の可愛らしい仕草だと世間では評されているはずなのに、悪魔には効かないようだ。
顔が真っ青になっている。
それでも、さすがというか、質問されていると分かったのか、『そいつ』の顔色はすぐ戻った。
「俺は悪魔ではない、お前が悪魔なのだろう!?」
「違います!貴方が悪魔ですよね!?命なんてあげませんよ!?」
「いらねえよ!お前から悪魔の匂いがするんだよ!」
「はあ!?鼻おかしいんじゃないんですか!?」
「なんだと!」
私のどこから悪魔の匂いがするというのだ、と怒鳴り散らしたい気分になる。
その衝動を堪え、それでも文句が出るのは我慢できず、負けじと言い返す。
わなわなと震えだした『そいつ』は、うがあぁとうめき声を上げた。
「偉そうでムカつくんだよ!こうなりゃお前に痛い目を見せてやる!」
「っ!」