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「淫らにひらく時」
【若奥さん 官能小説】

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「淫らにひらく時」-5

彼とは駅前の喫茶店で落ち合った。
そんな目立つところで・・と言っても、他に目星になる場所が思いつかなかったのだから、そこはとてもツメが甘い。
夕暮れのこの時間ならば、夕飯の支度があるから、見知った奥様ミーティングと鉢合わせになるなどという事はないだろう。
ご近所のダンナ方と偶然と言うケースもなくはないだろうけど、そもそもお互いの面識が薄いのだ。
ところが・・・もっとマズい事に鉢合わせになって、私は全身のあらゆるケが逆立った。
一番、手前の窓際に夫の姿をみつけたからだ。

知らなかった。時々こんなところに立ち寄っていたなんて・・・
私は震える指先でソーサーを持って、夫から見て背中向きのシートに移動する。
両手で持ち上げた白いソーサーの上、微かにカタカタと音を立てるコーヒーカップの音さえ、私にはとりとめない騒音に思えた。

思えば、席を移動してからテーブルの上のコーヒーカップをこっちに引き寄せれば済む事なのだ。
バックからキャッチを取り出して不自然に髪を後ろで留めた。
これだって、長い時間と手間かけて縦巻きにブロウしてきたのだ。
白地に薔薇をあしらったワンピース。あまり着ないので夫には見覚えがないだろう。
あるいはこんなものはどこにでもありふれた服に過ぎないだろう。
だけど、帰宅したら夫の目に触れる前にさっさと着替えてしまおう・・・
ちょっと待って。そもそも、夫はこんなところで何をしているのだろう?
もしかして、私の外出に合わせて、誰かと待ち合わせ?

残念ながら、それはない。
なぜ?とは答えられないのだけれど、その様子から観て夫婦だから断言できるのだ。

「○○さんですか?」

お互いに本名は知らないので、ハンドルネームと呼ばれる仮の名で呼ぶ。
姿勢を低くした私に、彼が入って来て声をかけた。薔薇のワンピースが目印なのだ。
窓際の席から夫はこちらに視線を向けてるだろうか?とても怖くて確認できない。

「遅くなっちゃって済みません。」

彼は時計を除き込んだけど、視線は上目使いの私に注がれていた。

「あ、あの、いいの・・・それより、どこか移らない?」

「どうかしましたか?」

「あぁ、いえ、ちょっと、お、おトイレ・・行きたい・・・」

「トイレは・・・あっ奥のドアがそうみたいですよ。」

彼は一度据えた腰を上げて、奥に向いて指さした。
頼むから、目立った行動はやめてちょうだい・・・
そうこうしてる間に入口に近いレジの方から声が聞こえた。

 「ありがとうございます。」

 「へえ、これ何て花?スミレ?」

 「えーと、これはぁ・・・セントポーリア・・でしたっけ?」

 「とても綺麗だよね。」

確かに夫の声だった。
レジに立った若い女の子に鉢植えの事を聞いている。
夫にそんなものを愛でる趣味なんかあっただろうか?
おおかた、気まぐれに女の子の気を惹こうとでもして、ただ話かけただけなのかも知れない。
若い女の子の気を惹こうとする夫の心境さえ、家庭の中から見れば想像し難かった。
案外、夫は彼女が目当てでここに通っているのだろうか?
それもセントポーリアの花などに興味を惹くのと同じぐらいに意外な事のように私には思えた。

仕方がないから私は奥にあるトイレのドアを開き、キャッチで崩した髪を下ろして整えた。
薔薇のワンピースはちょっと地味だったかしら?
オトナの女っぽくしてきたつもりだけど、こうして改めてみればオバサンくさく見えなくもない。
そうして、また母の記憶が鏡の中の自分を投影した。




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