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「ガラパゴス・ファミリー」
【近親相姦 官能小説】

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前章(四)〜惜別T〜-16

 伝一郎も、一度だけミルク・ホールを訪れた事が有る。彼の行った店は結構な広さで、※12三和土(たたき)の土間に五〜六卓の卓台が配され、三十人程で満席と為る位の規模で有った。
 学友二人と、物見遊山気取りで店を訪れて、一歩、店内に足を踏み入れた刹那、剰りの異様さに圧倒され、その場で固まってしまった。
 そこは、卓台は勿論、壁に凭(もた)れ掛かる者や土間にしゃがみ込む者等、定員の倍近い客で溢れ返り、足の踏み場も無い程の盛況振りで有った。
 そんな情況下で有るにも拘わらず、誰一人として声を立てる者は居らず、皆、一心不乱に官報や新聞を貪り読んでいる光景を、面当たりにしたのだ。

 多くの息遣いと、紙が擦れる音だけしか聞え無い世界──。伝一郎等と同年代と思わしき学生服姿の者や外套を纏い顎髭を蓄えた年輩者。他にも弊衣に破帽、高下駄と云う出で立ちの通称、蛮カラ等、多種多様な者達が居たのだが、そんな彼等に共通するのは“貧困”と云う言葉で有った。
 着ている物は埃や汗に汚れたまゝで、袖口や襟元にも擦り切れが目立つ。散髪する金も惜しいのか、束ねた髪は毛先が解(ほつ)れ、長く櫛で梳(と)いた様子も無い。
 坊主頭で身形正しい学生も伺えるが、大半は皮脂と頭垢(ふけ)に塗れて悪臭を漂わせる、不潔極まり無い連中ばかり。彼等の多くは、先の戦争に因る不況と経済恐慌が生み出した、貧困に喘ぐ者達なのだ。

 戦争に勝利して膨大な領土を手に入れ乍ら、賠償金が取れ無いばがりか莫大為る借入戦費の返済が待っていた。
 そして戦争後、減らされるべき軍用費は新たな領土に於ける治安維持の為として、現状維持と為った事に由る増税を強いられ、民衆の暮らし向きは、益々、粗末な物へと変えられて行った。
 だからこそ、此処に集う彼等は平穏無事な暮らし向きを殊更に望み、官報の職員募集欄や新聞の求人欄は無いものかと、目を皿の様にして探しているのだ。
 しかし、その実、彼等が求人欄以上に切望して止まないのは、此の国で、何が起きているのかを識る事で有った。

 不況に由る民衆の不満は相当の物で、時折、暴動らしき物が起こっている。そんな危機的情況下を打開しようと、政府は軍人や憲兵を動員する旁、更には新聞社の情報開示でさえ、著しく規制される迄に至っていた。
 彼等は“真実を識りたい”欲求を満たす場所としても、此処に訪れていたので有る。

 彼の日以降、伝一郎がミルク・ホールを訪れる事は無かった。
 貧困に喘ぐ者達の中で、恵まれた境遇の自分が身を置く事の危険さと、人の識りたいとする欲求の凄まじさを前に、軽率な考えで行くべき場所では無いのだと、感じ得たのだ。
 それが、再び、こうして訪れる事に相成ろうとは、伝一郎自身、皮肉な物だと思った。
 
「さて、此処はどうかな。」

 伝一郎は入口の前に立つと、扉に手を掛けた。
 すると夕子は、急に怖気付いたのか、突如として伝一郎の腕に取り縋り、身体を隠す様な体勢を取る。が、旺盛な好奇心は抑え切れ無かったのか、後ろから半身の構えで様子を伺っていた。
 徐に扉を開くと、談笑する男達の声が耳に届いた。二人は、拍子抜けと云わんばかりの顔で互いを見合わせる。もっと緊迫した場面を想定していたからだ。

 店内は、※13山鳩色をした三和土の土間が敷かれ、卓台二つで店内の半分を占める広さしか無く、特色として“つけ台”と称する屋台の様な仕切り台が設けられ、厨房と客間を隔て、尚且つ、台を客席に利用する為、六脚の椅子が等間隔で並べて有った。
 
「あ、いらっしゃいませ!」

 二人に気付いた女給が、声を掛けた。次の刹那、賑わっていた声は止み、卓台の一つを占拠する四つの双眸が、一斉に伝一郎の顔を捉えた。
 年の頃は、二十代後半と云った所か。一様に、開襟シャツに砂色や亜麻色の裾がダボダボのズボン、そして革靴と云う出で立ちは、此の街に於いてかなり目立つ部類で有ろう。男達の座る卓台には、食べ散らかした数々の食器と共に、数誌の新聞が乱雑に置かれていた。
 厨房に目を向けると、奥の水屋には酒瓶とおぼしき物や、麦酒(ビール)で用いる取手の付いた陶製のコップが並んでおり、此れ等から推測する迄も無く、巷で云うミルク・ホールとは多少、異なる発展を遂げた場所の様で有った。


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