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黒豹に囚われた少女
【ファンタジー 官能小説】

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豹人と少女-2

「それは俺達、豹人の掟だ! お前はこの聖地を穢した人間のくせに!」

 恐ろしい唸り声をあげた青年の姿が、見る見るうちに変化をとげた。全身が豹の毛皮に覆われ、手足と頭部は豹のそれになる。

「お前は俺達の情けで生かされているんだから、生意気言わずに従えば良いんだよ!」

 半獣となった青年の牙が、リュネットの目の前で鋭く光る。護身の魔道具を身に着けていたとしても、普通なら思わずひるんでしまいそうな迫力だ。
 しかし、もう慣れているリュネットは動じず、自分の首輪を指先で触れた。
 特別な細い輪は、ピタリと首にはまっているのに圧迫感もなく、皮膚を傷ませもしない。着けているのを忘れてしまいそうなほどだが、触れればちゃんとある。

「私が生きているのはエドのおかげですが、礼儀は弁えるつもりです」

 首輪から手を離し、大粒の実がついた葡萄を一房、籠からとって青年に差し出した。

「全部は差し上げられませんけど、貴方が欲しいなら喜んでお分けします。必要な時はいつでも助け合うというここの規則も、エドによく教えられています」

 言いなりになって全部渡せば調子づかれるから、礼儀の範囲内で対応するのが最善だ。
 青年は鋭い爪の先端に引っかけて葡萄を受け取ったが、感謝を告げる代わりにそれを遠くに放り捨てた。

「冗談だよ。お前の触ったものなんか食えるか」

 意地悪く笑う相手を、リュネットは無表情で眺めた。
 不快でも、やたら怒れば向こうの思うつぼだ。黙って籠を背負いなおして立ち去ろうとしたが、青年はさっと行く手を遮る。

「待てよ。エドガルドは留守なんだろ? だったら、お前の味方はいないぞ。アイツがお前を甘やかして、いつまでも生かしておくのが悪いんだ。面白くないのは俺だけじゃ……」

 毛皮に覆われた手がリュネットに触れかけた時、彼の背後から鋭い声が響いた。

「いい加減におし! リュネットはここに住み始めて以来、一度も掟を破っちゃいないよ! あんたこそ、密林の恵みを粗末にするなんて、それこそ豹人と言えるのかね!」

 そう怒鳴ったのは、老婆の豹人だ。髪はすっかり白くなり顔の皺も深いが、眼光は鋭く、張りのある堂々とした声も迫力を失ってはいない。

「うるせぇんだよ、ベラ婆さん! おいぼれは引っ込んでろ!」

 青年は怒鳴ったが、ふと周囲を見渡して青褪めた。
 さっきまでリュネットに向けられていた冷たい視線が、自分に移されたのに気づいたらしい。
 彼は、調子に乗りすぎた。
 ここに住む豹人は、密林の恩恵を受けて生きている。その恵みを粗末にするのは言語道断だ。また、同族が平穏に暮らせるよう長年尽くしてきた年長者を、年老いた事で罵倒するなど、更にやってはいけない事である。
 そんな彼の行為は、人間の娘の存在以上に軽蔑されたのだ。

「おいぼれって、誰のことだい?」

 剣呑に睨むベラを前に、青年が狼狽える。

「わ、悪かったよ。つい頭に血が昇っちまったんだ……リュネット! お前がここにいるせいだからな!」

 分が悪いと悟ったらしい青年は、苛立たし気に言い訳を吐き捨てて、素早く去った。

「ありがとうございます。ベラさん」

 見物していた他の豹人達もすっかり去ると、リュネットは老婆へ心から礼を言った。

「いいんだよ。エドガルド以外の味方がお前にいないなんて大間違いさ。リュネットが掟も礼儀もきちんと守る良い子だと、見ている者はちゃんと見ている。……ただ、どうにも閉鎖的なのが豹人の欠点でね」

 気まずそうなベラに、リュネットは「気にしていません」と微笑んだ。
 ベラの他にも、さりげなく親切にしてくれる豹人は何人かいる。けれど、あからさまにやればかえってリュネットを疎むものを刺激し、仲間内で揉め事になってしまうのだ。
 それを承知しているから、リュネットも出来るだけ距離をとるようにしていた。

「とにかく、あたしは灰になるまでお前に味方するよ」

 快活に笑うベラに、リュネットも微笑み返したが、胸の奥がツキンと痛んだ。
 豹人だけでなく、人狼や吸血鬼、その他の魔族も全て、世界各地にある『魔族の泉』から生まれてくる。
 泉といっても淵を固い素材で囲われた人工の池で、今は失われた古代文明の産物だ。

 魔族が泉から生まれでる時の姿や、歳のとり方、寿命は種族によって違った。
 豹人はニ十代半ばの成人姿で泉から生まれ、五十年をその若々しい姿で生きたのち、残りの五十年を人間と同じようにゆっくり老いていき、最期に緑色の灰となって散るそうだ。

 ベラはもう九十歳を過ぎており、あと数年で天命を迎えるだろう。
 彼女に悲壮感はまるでなく、最後まで自分の思うように生きると、こうして日頃から明るく公言しているが、ベラとの死別など想像するだけで胸が痛い。

「……ベラさんがそう言ってくれると心強いです。では、良い狩りをお祈りしています」

 涙が滲んでしまいそうになるのを堪え、リュネットはペコリと頭を下げる。ベラが半獣になり、元気に密林へ駆けていくのを見送ってから、自分の住む北の居住棟に向かった。
 中央の一際高い棟を除き、他の建物は全て居住や共同の倉庫に活用されている。

 ここは古代文明の遺跡であり、中央の棟には豹人を生み出す魔族の泉があった。
 彼らは他種族からこの聖地を隠し、探ろうとする者には死の制裁が加えられる。

 ――そしてリュネットは、かろうじてその制裁を免れた、唯一の人間だった。



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