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長い夜は湯煙と共に
【SM 官能小説】

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神は福引のガラガラを回すか-2

「…………」

モデルさんが、僕を見下ろしていた。視線が合う。離れた場所から見た通り、美しくも冷たい雰囲気だった。それが今や、至近距離から、少し睨むような感じで僕を見下ろしているものだから、瞬く間に怖いという感情がぶり返す。

「ごめんなさい!」

と僕は言おうとした。だがモデルさんの大きな胸がコートの生地越しに僕の口をふさいでいて、辛うじて息を漏らすのがやっとだった。そのままの状態で、とうとう電車は発車してしまう。

「「…………」」

僕もモデルさんも何も言わないまま、電車はゴトゴトと線路を滑っていく。僕の顔はモデルさんの胸の谷間とドアの間で完全にロックされていて、右にも左にも動かせなかった。そして僕は亀でも、ろくろっ首でもないので、上下にも動かせない。
僕はもうモデルさんの顔を見る勇気もなく、目を閉じてひたすら固まっていた。モデルさんは何も言わないものの、今にも痴漢だと誤解されて怒鳴られるんじゃないかと、気が気ではなかった。

(こっち側のドアが開いたら、一言謝って誤解を解こう)

そんなことを思う。さっきとは逆に、一刻も早くこちら側のドアが開いてほしいと思った。
だが無情にも、駅間が長く、こちらのドアが開くどころか停車すらなかなかしなかった。ときどき電車の揺れで、僕の頭が多少左右にずれるのだが、もう少しというところで脱出できず、また谷間へと収まってしまっていた。

その上、さらに悪いことが起きた。
下手に何度も動いたせいか、モデルさんのコートのボタンが外れたらしく、前がはだけ始めたのだ。いつしか、僕はモデルさんのコートに顔を突っ込み、セーター越しの胸と対面する状態になっていた。もちろん上を見る勇気はないが、モデルさんがさっきよりけわしい表情になっていてもおかしくないと思った。

(コートがこうなったのも、僕のせいだと思われていたら……)

既にモデルさんの体温と、香水と思われる匂いが感じられるまでになっていた。うっすら目を開けると、白いセーターの網目越しに薄いベージュ色が見える。モデルさんの肌着だろうか。

(ここまでなっちゃって、誤解だって言って聞いてもらえるかな……あれ?)

ふと僕は、バッグを持っていない左手が、いつのまにかモデルさんの体を抱くようになってしまっているのに気付いた。別の人達の体に押されて、そうなってしまったらしい。胸の豊かさとは裏腹に、モデルさんのウエストが非常に細いのが分かった。

(え? あ……)

そうしているうちに、また電車が揺れて体勢が若干変わった。僕は、左手がモデルさんのお尻を押さえているのに気付いた。

(!!)

今度こそまずい。これは言い訳できない。必死に左手を動かそうとしたが、モデルさんのお尻と別の人の体に強く挟まれて動かせない。逆に、モデルさんのお尻を撫で回すような形になってしまった。

「ん!」

モデルさんが、初めて短く、くぐもった声を出した。もう動かさない方がいいだろう。そのときまた電車が揺れて、左手がようやく抜けた。
助かったと思うのも束の間、今度はモデルさんの胸がさっきより強く僕の顔に押し付けられた。今度こそ完全に口と鼻がふさがれてしまう。

(まずい!)

これは痴漢冤罪どころではない。下手すると窒息死だ。命には代えられず、僕はモデルさんの胸を左右に引き分けようとした。と言っても、さすがにおっぱいそのものを掴むのはいろいろ危険なので、両手でセーターの生地をつまんで動かそうとした。
だが、生地が伸びてしまってなかなかうまくいかない。だんだん息が続かなくなってきたとき、両手が別々に、セーターの下に小さな塊があるのを探り当てた。ボタンだろうか。
ボタンなら生地よりも摘まみやすい。僕は迷わず両手の指でそれぞれ突起を摘まむと、左右に引っ張ってモデルさんの胸を開いた。

「んんんん!!」

モデルさんがまた押し殺したような声を上げ、その体がブルブルと震えた。同時に僕の顔もおっぱいの肉から解放され、また呼吸が自由になる。
ちらっと上を見ると、モデルさんは片手で口を押さえながら、顔を真っ赤にして、殺さんばかりの視線で僕を睨み付けていた。

(しまった!)

僕の恐怖は、一瞬で最高潮に達した。だが、突起から指を放せばまた顔がおっぱいに埋もれてしまう。どうしようか迷ったとき、モデルさんの空いた方の腕が僕の首をがっちりとホールドした。もう駄目だ。僕は絶望的な気持ちになった。明らかに僕を逃がさないようにして、警察に突き出そうとしている。停車して動けるスペースができたときを見計らって、無理やり下ろすのだろう。

(冤罪で捕まるぐらいなら……)

僕は覚悟を決めた。こちらとしては、何もやましいことはないのだ。ただ商店街の福引に当たって温泉宿を目指しているだけである。それなのに痴漢の濡れ衣を着せられ、逮捕されようとしている。それならいっそ、逃げてしまえばいいのではないだろうか。

(次に停車したときが勝負だ)

じっと耳をそばだて、電車が止まるときを待つ。そのときがついにきた。しかも、ありがたいことにこちら側のドアが開く。
これぞ天の助けとばかりに、僕は一瞬で体育座りのように腰を下ろして、モデルさんの胸から逃れた。そして降りようとする人の波に乗って電車を出る。

「あ! 待ちなさ……待ってください!」

モデルさんが叫んだ。だが、当然待てるわけがない。

「わざとじゃないんです! すみませんでした!」

そう叫ぶと、一目散に階段を下りて改札口を目指した。初めて降りる駅だったが、迷わずに改札口に到着できた。ICカードで構外に出ると、さらに道路を横断して建物に身を隠し、駅の出口の様子を見張る。
何人もの人が出入りしているのが見えたが、モデルさんは追って来ていなかった。


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