プワゾン(毒香)-1
笑軍は1時まで営業している。
時計の針は23時30分を回ろうとしていた。さつきが帰って約1時間、席が空いたにもかかわらず、ずっと坂村の隣に閉じ込められていた。しかも、ほぼ密着状態のまま。
かなり酔っぱらっていたのか、部下でもないのに説教されたり、医者への愚痴を聞かされたりと、日頃の鬱憤を晴らすかのようだった。
(ああ、終電間に合わないかもなぁ。さすがに自分から切り上げましょうとも言えないし、こりゃ閉店コースかぁ、そうすっとタクシーかな。あ、そう言えば駅の南口サウナもあったな)
涼平は、この状況を自ら打開できないと悟り、早くも閉店後のことを考え始めていた。
「ねぇ、桂木君は彼女いないの?」
それまでの仕事話から一転、恋愛関係の話に変わった。
「はぁ。寂しいことに、今はいません」
「そんなにモテなさそうには見えないけどねぇ」
文子は涼平のことを上から下まで品定めするように、いや舐め回すように見つめた。
涼平は好きで彼女を作っていない。まだまだ女遊びをしたいので、特定の彼女を作ると何かと面倒になるので作らないだけだった。
「もしなんだったらうちの娘たちを紹介してあげようか。何人かは彼氏がいないから」
うちの娘とは、中央病院の部下たちのことだ。涼平は何度も出入りしているから部下の女の子たちの顔はあらかたわかっている。
残念ながら涼平の好みと言えるような娘、あくまでもルックスの好みだけだが、気を引くような女の子はいなかった。
「カワイイ娘が多いですけど、それだったら課長の方が全然いいですよ」
おべんちゃら半分、熟女への興味半分で言ってみた。
「あら、お上手。やり手営業マンはお世辞が上手いのね」
密着していた身体を更に摺り寄せ、しな垂れかかってきた。ぷ〜んと大人の女性特有の香りがする。香りで餌をおびき寄せる生物は、多分こういった類の匂いを発するに違いない。
「私に社交辞令は通じないわよ」
これまで機嫌良く笑っていた目は、この時妖しい誘惑を放つ鋭い目に変わっていた。その眼が目の前に迫ってくる。
涼平は即座に、頭の中で損得勘定を始めていた。
(あちゃあ、マジかよ。ここでハイって言えば、間違いなくこの後カラダ奉仕になるよなぁ。熟女とヤルことに抵抗は無いけど、得意先のキーマンと関係を持つのってどうよ。もしむげに断るようなら・・・・・・仕事どうなるんだぁ)
普段であれば目の前に出された女性のカラダは考える暇もなく、とっとといただいてしまう物だが、今日は事情が違う。差し出された熟れたカラダは、仕事において自分の成績云々は言うに及ばず、我が社とJ会の取引全体に大きな影響が出る可能性も出てくる極めて危険な代物である。
もしイイエを選択してそのことが原因で売り上げに影響が出れば、涼平自体が左遷されるだけでは済まされないことは火を見るよりも明らかだった。
「どうなの?本気で言ってるの?それとも仕事がチラついてお世辞を言ったの?」
涼平は勝負に出た。
「そんな色っぽい声で擦り寄られたら、いつまでも理性を抑えられるわけがないですよ」
涼平は文子の手を握り、甘い言葉を返した。
文子の目がいやらしく笑った。
「本気なの?私みたいなおばさんを抱けるの?」
文子がバツイチのシングルマザーで、女手一つで一人娘を育てあげたことは耳にしていた。
その裏では様々な苦労があったであろうことは想像に難くない。男に言い寄られることも一度や二度ではないはずだ。まったく抱かれていないわけはないだろう。そんな百戦錬磨の熟女を前に、女遊びにはそれなりの自信を持っている涼平であっても、所詮ひよっこだ。
こんな思い付きの甘い言葉での駆け引きなんて、最初から通用するわけがない。ここはもうなすがままに、覚悟を決めて文子と一晩過ごす選択肢しかなかった。
「若いですから1回じゃ終わりませんよ」
覚悟を決めたからには、多少強引でも強気に立ち向かうしかない。
「ホント?じゃあキスできる?ここでキスしてみて」
アルコール臭強い口臭が、鼻を突くぐらいの近距離まで顔を近付けてきた。
涼平は、無言で文子の唇を奪った。
二人の性的テンションは上がり、どちらからともなく席を立ち会計に向かった。
「ここは私が出すわ」
文子が奪い取るように伝票を手に取る。
「大丈夫ですよ。経費で落ちますから」
涼平が取り返す。
「そういうわけにはいかないわよ。さつきの飲み分も一緒だし。さつきからはお金貰ってるんだから、業者さんの接待を受けるわけにはいかないのよ。いいから貸しなさい」
最後は、いつもの病院で見せる威厳ある口調に、涼平はおずおずと伝票を文子に差し出すしかなかった。
「ご馳走になります」
この瞬間、仕事の自分に戻った涼平は、深々と頭を下げた。
3階の店から階段を使って地階まで下りる。文子の方から自然に腕を組み、それを感じた涼平は文子の腰に手を回した。
見ようによっては親子とも間違えられかねない年齢差。実際に二回りほど違うため、そう思われてもあながち間違いではない。
ただこの時二人は、周囲からどのような目で見られているかなんて気にもしていなかった。
勤務先からは、そこそこ離れているし、もしかしてという気持ちもあるが、これからオマンコが始まるのかと思う欲望は、そんな不安を木端微塵に打ち砕いた。二人とも。
駅に向かう細い道。終電も終わったこの時間、二人の他には誰も見当たらない。二人はその状況を知り、路上の真ん中で舌を絡める濃厚なキスをした。
二人の足は自然と駅の反対側にあるホテル街に向かっていた。
文子も久しぶりのSEX。しかも子供と同じような年頃の若いツバメに抱かれるかと思うと、既にパンティの奥が熱くなっているのがわかるほど濡れている。
ホテルの『空室』の看板に惹かれるように、腕を組んでホテルの中に消えていった。