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『秘館物語』
【SM 官能小説】

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『秘館物語』-9

窓から陽がさす頃、この館の朝ははじまる。
「浩志さーん」
 こんこん、としおらしく扉を叩くのは、間違いなく碧のものだ。浩志はこれならしばらくは大丈夫だと、さらにフトンを目深に被り、まどろみの中へ身を置いた。
「まあ……困ったわ」
 こん、こん、こん。それでも叩き方がおとなしいのは、彼女の心優しい性格が表れているといえよう。押しが弱いともいえるか。
「浩志さーん、朝ですよー」
 こん、こん、こん。やはり、その叩き方は弱い。
「起きてくださーい。朝なんですからー」
 浩志にとっては、碧の声もひとつの睡眠効果をもたらす歌声になる。調子に乗って、気持ちよく、眠りを継続する浩志。
「あーん……また、望さんに怒られちゃいます……」
 昨日はしっかり30分の睡眠を勝ち取ったわけだが、そのことで碧はどうやら先輩メイドの大崎望に叱られたらしい。
 少しかわいそうかな、と思い、起きようとした瞬間だった。
「あ、望さん」
(なんじゃと!?)
「あ、あの……え、え、え?」
 なにか戸惑いを込めた碧の言葉。浩志は、嫌な予感がした。
「うらあ! 浩志!! 起きんかいボケェ!!!」
 バゴン! と、扉が蹴破られた。それこそ、鍵もろとも。見事な、蹴りの一撃である。
 恐る恐る布団から顔を出したそこには、般若の如く美しい顔を怒気で満面にした望の姿があった。
「望さん……お、おはようございます」
 その威圧に負け、すぐに浩志はフトンを這い出ると、ベッドの上に正座になって軽く頭を下げた。
「おはようございます、浩志さん♪」
 にぱ、と般若はすぐに福顔に早変わりし、望の快活な笑顔が顔中に広がった。その愛らしさ……とても、鍵のついた扉をいとも容易く蹴破り、仕える主の息子の名前を呼びつけた女性と同一人物には思えない。
「あ、あはは……おはようございます……」
 入り口では苦笑いの碧の姿が。しきりに鍵を気にしているのは、これをどう主に報告しようか考えているのだろう。
「いいよ。俺のせいだから、そのままにしといて」
「え、でも……」
「まあ、お優しい♪」
 両手のひらを合わせて、その甲を頬に貼りつける望。破壊の張本人が、えらく能天気である。
「ごめん、寝坊だったね」
 とにかくこの場を締めようと、浩志は碧に笑みかけた。
「いえ。昨日より三十分も、早いです」
「………」
 碧も案外根に持つほうなのかもしれない。
「明日からは、ちゃんと起きるから」
「はい♪」
 それでも、眩いくらいの微笑を、浩志に向けてくれた。朝はこれで、ずいぶん満腹になった気がする浩志である。


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