第二章 報復されたシングルマザー-12
ズボンの中の先走りが止まらなかった。土橋の肉体も、涼子の肢体が気に入ったらしい。肉幹の中に貪婪な精のエキスが蒸溜されてくる気分だった。
ホワイトボードの下部は遮るものがないから脚は隠れない。しかし涼子は、まさかそんなところに勃起した男が潜んでいるとは夢にも思っていないのだろう、全く気づかずに汐里と話している。
もちろん汐里がここに涼子をおびき出したのは、保彦の指示だった。職場での涼子の立ち位置を聞き出し、ウマの合わない男たち、その中でも涼子の上位者であるプリンシパルとかいう役職の男と敵対していると聞くと、彼の架空の不正行為をでっち上げた。
食いついてくると践んだ。
「あ、あの……」
思ったとおり涼子は乗ってきた。まんまと。
だが詳細な不正内容までは考えていない。なまじの話をでっちあげても、聡明な涼子には見抜かれてしまう。汐里もここからどうしていいか分からず、目線を泳がせ始めている。
決行だった。汐里にあまりこちらをチラ見されていては涼子に気づかれてしまうし、涼子を眺めているだけで土橋の下半身が我慢の限界を迎えていた。
保彦はホワイトボードの裏から身を出して靴を脱いだ。靴下の足を布敷に摺り、涼子の視界に映らないよう壁際を進み、その背後を取る。
「どうしたの? 誰にも聞かれないために、ここ取って欲しかったんでしょ? 気にせず話しなさい」
汐里曰く、特別会議室は経営会議や顧客役員との面会に使われる部屋で、デリケートな話題が決して漏れないよう、他の会議室以上に密閉性が確保され、完全防音となっている。どれだけ大きな物音を立てようが外には聞こえない。
ただし、予約は上職層にしかできないという。よって仕向けて涼子自身に予約させた。
「はい、えっと……」
汐里が生唾を呑んだ。気が強いくせに、小さいらしい。自分のラインの上職にあたる涼子を罠にかけることに、まだ躊躇があった。
涼子は急かそうとしなかった。自分から話させたほうが良い、と判断したようで、身構えていた緊張を一旦解き、伸ばしていた背を背凭れへと委ねていく。
保彦は背後からその体をキャッチした。
「ふわぁっ!!」
キャーなどという甲高い悲鳴は、真に驚いた時には出ないんだな。
そう考えながら、いきなり頓狂な叫びを上げた涼子が振り返る前に、力いっぱい持ち上げて強制的に立たせた。ヒールの高さが災いして涼子はよろけた足を踏ん張ることができない。
抱きついた瞬間に鼻腔に満ちてくる色香をエネルギー源として、
「おらっ!」
このまま抱きしめていたい誘惑を振り払うように、涼子の体を巨大で豪奢なテーブルへと投げ飛ばした。
「あうっ!」
腰を打ち付けた痛みが癒えないうちに、涼子の肢体を完全にテーブルへ引きずり上げ、両手を頭の上へ引くと、頑丈な机脚に予め結んでいた鎖手錠を手首へ巻きつける。
「汐里っ、何してる!」
汐里は身動きできず、立ち尽くしていた。仕方なく保彦一人で両手の鎖を絞り、何とか脇が開くまでに涼子の腕を頭上に吊ることができた。
眼下からの視線を感じて見下ろすと、まさに涼子が暴漢の顔を確認したところだった。
「あ、あなた!」
「……どうも、こんばんは」
ニヤリ、と意図的に笑ってみせる。もっともっと涼子を恐怖に陥れたい保彦だったが、相変わらず棒立ちになっている汐里を見て、やるべき事を優先しなければならなかった。
足早に大きなテーブルを迂回すると、
「おいっ、何してるっ」
「あ……、その」
汐里はいざ現実にその時になると足が竦んでいた。
「結べっ」
足の側にも仕込んでおいた鎖を手に取ると一本を汐里に渡した。手首のものよりも太い足枷を巻きつけようとすると、涼子は激しく脚を動かして抵抗を始めた。
「ちょっと! やめてっ! やめなさいっ!」
声が大きく厳しくなった。片脚を掴むことができたが、こう暴れられてはベルトをうまく巻きつけることができない。
「汐里っ、お前もこっちの脚持てっ!」
片脚を抑えながら命じるも、
「あ、だ、だって……」
汐里は涼子の叱責に震え上がっていた。
馬鹿な女だ、と保彦は嘆息したかったが、ともかく、
「今更どうにもならないぜ? 宮本マネージャーをここに呼んだのはお前なんだからな? 最後までやるしかないんだ」
そう言ってやると、汐里がハッとなって、土橋を、それからテーブルの上に両腕を上げて身を投げ出している涼子を見た。
最早引き返せないことがやっと分かったらしく、汐里は保彦の方に回ってくると、力の無いぶん、脛を胸に抱えるように持った。
「そうだ。絶対離すな」
「ひ、広瀬さんっ! 何してるの! やめてっ!」