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なりすました姦辱
【ファンタジー 官能小説】

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第二章 報復されたシングルマザー-1

第二章 報復されたシングルマザー


 涼子の厳しい声が放たれた。
「ねぇ、何これ? その辺の学生のレポート?」
 ペーパーレスが奨励されているから、同席者は皆タブレットの画面を見ているが、コミッタたる涼子にだけは、客先への提出時そのままにカラーで刷られた資料が渡されていた。その紙束がテーブルの中央に向かって投げられた。
 美声が不興に濁ると誰もが気圧される。よって説明を始めて五分も経たないうちに涼子に打ち切られると、場の空気がピンと張りつめ、発表者の若手社員だけではなく一同が萎縮した。
 彼が説明を始めても、涼子は彼の言葉を追い越して資料を素早くめくっていった。説明を聞いていないわけではない。聞きながら、先読みした上で、これ以上聞く必要はないと判断したのだ。
「クライアントの市場戦略も情報戦略も、理解できてると思えない」
「い、いえ、ちゃんと、分析しました」
「まさかあなたの言う分析って、企画書を読むこと? あんなの手前味噌な理想像と数字しか書いてないって知らないんだっけ? クライアントを取り巻くマーケットの数字、見通し、競合の戦略、ガバメントレベルの情勢。そこまで見通してちゃんと分析した?」
「……あの、それは」
「クライアントが出した数字鵜呑みにして、はいそうですかー、って資料作って仕事した気になってんなら、即刻やめてちょうだい? それとも……」
 涼子はリクライニングに背を凭せて脚を組み、もう泣き出しそうになっている彼を睨むと、「もし分析したつもりで、このレベルっていうなら先が知れてるから、これからの道、考え直したほうがいいわね」
 その言葉に、彼だけではなくその場の全員の背筋が凍った。涼子の柳眉が顰められると、彼女に不快感を催させただけでも畏れ多いとすら思える。
 パワハラに捉えられかねない発言だが、実力主義の総合コンサルティングファームで、しかも花形たる経営コンサルを主管とする部門とあっては、高い能力と精緻な自己分析が求められて当然だった。特に涼子のチームにおいては、わざわざ関係者を集めて最終決裁をもらうつもりならば、相応の覚悟を持って臨むべきだった。涼子の求めるレベルに達していないのであれば、これくらいの叱責は当たり前のように飛んでくる。この厳しさが、チームが社内でもトップを争う所以だった。
 自分に足らないのは何か、どれくらい足らないのかを見極めろ。足りないからこそ準備ができる。それができなくて、どうやって顧客の経営に口を出そうというのか。
 それが常々涼子が宣う持論だった。
「仕切り直しましょう」
 ナンバーツーの男性社員が、涼子の叱責が収まり、全員が今一度、自分を省察する時間を十分に与えると、頃合いを見計って進言した。
「そうね。今はこれだけの人数の時間を割く価値がない」
「はい。この件については、一から見直させて、私が事前にスケルトンレビューします」
「で? 私のレビューはいつ?」
 男性社員は手元のタブレットを素早く操作すると、
「明後日十七時はいかがでしょう? 宮本マネージャーのご予定、空いているようですが」
「朝八時にして。その夜、本社とテレビ会議があるんだけど、事前に現地の新聞に目を通す時間が必要だし、マーケットの結果も知りたい」
「分かりました。では、八時に。……皆、この時間に合わせて調整すること。じゃ、解散」
 早出出勤か……、と溜息をつきながら同席者が席を立ち始める。
 汐里もまた立ち上がって、打ち合わせが飛んだ時間、別に今日でなくても良いが、アレとアレとを早めに片付けておこうかと頭の中で算段し始めていた。
『今、二十八階に来てる。今すぐ来い。財布を忘れるな』
 手の中で震えたスマホのメッセージに短い悲鳴が出そうになり、慌てて周囲を見回した。皆いなくなり、涼子とナンバーツーだけが隅で何やら別件を話し込んで、こちらには気を留めていない。
 汐里は打ち合わせ場所から席に戻ると、バッグの中から財布を取り出し、全社員に配布されているタブレットと体の間に挟んで自部署を後にした。
 二十八階は小部屋に仕切られた会議室や応接ルームだけで構成された部屋だ。何故そんなところに闖入しているのか。汐里の本能は既にその答えを導き出していたが、勤務中に連絡を受け、まざまざと脳裏に蘇ったあの悪夢から心の均衡を保つためには深く考えないことが第一だった。考えてしまえば顔に出てしまって、フロア内や廊下ですれ違う同僚に不穏を感づかれてしまう。
 下へ向かうエレベーター前には何人かが待っていた。さっきの打ち合わせで一緒だった人間もいる。同じエレベーターで移動しては、打ち合わせは中止になったのに、何故その空いた時間に会議室だけのフロアに降りて行くのか訝しまれるから足を止めた。しかし彼らをやり過ごす前に、手に持っていた携帯が震え、チラリと画面を見ると、
『早く来い。動画バラまかれた……』
 とダイジェスト表示されていた。省略されている続きは容易に予想できた。


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