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「ガラパゴス・ファミリー」
【近親相姦 官能小説】

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前章(二)-10

「そんなに高価じゃないよ」
「いえ。私、街の洋品店で、同様の物を見掛けて驚いてしまいましたから、よく覚えてるんです。私の、一月分の御給金、半分位の値段でしたから」
「夕子が言ってるのは舶来品の事だよ。此れは、そんな品物とは違うんだ。僕の“母さま”が縫ってくれた物なんだ」

 母とは誰なのか──。伝一郎の漏らした一言に、夕子は俄然、興味が涌いた。

「坊っちゃまの御母様が、これを?」
「ああ。僕の最愛の人だよ。今は、一緒に住む事も叶わないけどね」

 そう答える伝一郎の目から、明るさが失われる様を夕子は見逃さ無かった。
 人には様々な“事情”という物が存在し、それは一見、人も羨む生活をする伝一郎とて同じなのだと、夕子は悟った。

「──だから、僕の世話をしてくれる君に、是非、此れをあげたいと思っていたんだ。だから、気に入ったのなら貰ってくれないかな」

 夕子は、繁々とハンケチを見詰める。成る程、生地は柔らかな風合いで、縁取りの縫製も一針々を丁寧に仕上げてある。

「坊っちゃまの御母様は、とても、良い腕を御持ちの方ですね」
「へえ、判るのかい?」
「ええ。私も裁縫を致しますので、判ります」

 たった一枚のハンケチでも、腕の良し悪しは判る。菊代を褒められた事に、伝一郎はまるで我が事の様に喜んだ。

「母さまは、評判の仕立て職人でね。一人で私を育ててくれたんだ」
「そうですか。どうりで……」

 色が白く、細面で端正な顔立ちは、何処か、浮世離れした雰囲気を持つ。そんな伝一郎が、弾ける笑顔で喜ぶ様子に、夕子は違和感を持った。
 母親の事を、此れ程に喜ぶのは存外、子供っぽく思え、それ迄、夕子が抱いていた伝一郎の印象とは、随分と掛け離れた物に思えたからだ。

「じゃあ、それを貰ってくれるかな?」

 此処迄に言われては、もう断るのも失礼と言う物だ。それに、今の身の上話が夕子にとって伝一郎を、より身近な存在に思わせていた。

「坊っちゃま、有難うございます。私、大切に致しますから」

 夕子は、両手でハンケチを握り締めると、深く頭を下げて感謝の礼を表した。

「そう言えば、何か用事が有って此処に来たんじゃなかったのかい?」
「ああっ!」

 此処に至る迄、色々と有り過ぎた事は、夕子の記憶容量を軽く超えてしまった様だ。

「い、今、何時ですか!?」

 焦燥感が夕子を急き立てる。伝一郎が指差す先の壁掛け時計は、既に、三時を十五分も過ぎていた。
 夕子の脳裡を、怒りの形相をした亮子が浮かび上がる。

「──ま、不味いんです!今直ぐ、食堂にいらして下さいっ」
「どうして?」
「詳しく説明してる時間が無いんです!御願いします」

 伝一郎は頭を巡らせる──。夕子の尋常で無い慌て様から考察すると、食堂に居るのは彼女の“姉様”であり、今朝の、食堂での出来事も考え合わせれば、恐らく、女給全員が、僕が来るのを待っているのだろう。

 夕子の為に出向くのは吝(やぶさ)かでは無いが、唯、黙って言いなりと言うのも面白味が無い──。伝一郎は、再び一計を案じる事とした。


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