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水中花
【戦争 その他小説】

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(史実に基づいた空想です)-2

旅館にはいくつかの花だんがあり、季節ごとに新しい花を咲かせ、勝子の母はよくその花を生けて床の間に飾っていた。

だが、戦争が始まり、そのゆくえの見通しがつかなくなると、そうも言えなくなった。
眺めるだけの花を咲かせるより、食糧となる芋を作れ カボチャを作れという声があがり、旅館の庭にあった花だんも畑にされてしまった。

それでも英霊さまを偲ぶ儀式のときには、野の花を摘んで来たりしていたが、やがてその野も畑にされ、また「時局柄贅沢は慎むように」というお達しもあり、祭壇に花を置くことはできなくなってしまった。
だけど、「英霊さまを偲ぶ儀式に花ひとつ置けないのか。」
そんな気持ちから、祖母が思いついたのが水中花だった。
勝子が祭りのたびに買ってもらうものの、使うことなくしまいこんでいた水中花は、はからずもこんな形で咲くことになった。


勝子が学校から帰ってくると、儀式は終わっていて、ガラスのうつわも片づけられていた。
夜、薄縁の上に寝ころんだ勝子は、幼いころから次第に姿を消していった「ほんもの」のことを考えていた。

いつごろだったろうか。戦いに勝つために、溶かして武器にするからと さまざまな金属が取りはらわれたのは。
旅館のそこらじゅうにあった手のこんだ「釘隠し」やピカピカ輝く階段の金具、ありとあらゆる什器から調理場の鍋釜まで。金属だとわかればすべてはぎ取られて陶器や木材、ガラスやベークライトと言った「代用品」にされていった。
勝子は胸の奥でつぶやいた。
(祭壇のお花は水中花だし、お供えされてる果物も、本当は瀬戸物やガラスで作った代用品だし……)

そして勝子は、学校のお友だちから聞いてモヤモヤしている事を胸の中でつぶやいた。
(祭壇に置かれる、ご家族に手渡された英霊さまの白い箱。あの中に入ってるのは、英霊さまと何の関係もない石や砂だって。時には何も入ってないことがあるって。)

そうなってくると、何も「本物」のない儀式。
だが勝子は胸の中でそれを打ち消した。
(そんな事はない…そんな事ない! ご家族があの白い箱を受けとったその時に、中に入ってるものが何であっても、たとえ空っぽでも、それが英霊さまになるんだ。
そして、本物のお花や果物がお供えできなくても、英霊さまへの私達の感謝の気持ちは本物なんだ……)
勝子は夜の闇の中で、自分の手を固く握り続けた。


「勝子や、うつわに水を入れといてくれんかの。」
祖母の声がした。あたりは薄明るくなっていた。
「はい!」
勝子は急いで、廊下を走りぬけていった。


(おわり)








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