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梅雨前線
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梅雨前線-2

『何故僕は生きるのだろうか。何故僕はいじめられるのだろうか。考えるのはいつもそればかりだ。あいつらにこのまま僕の人生は潰されてしまうんだろうか。もうだめだ、もう無理だと僕は何度と口にしただろう。それでも生きているのは何故だろう』

『僕は必要ない人間だと思う。そう思う僕はとても弱くて、そして下らない存在である』

『何故放っておいてくれないんだろう。なんで僕だけがこんな目に遭う必要があるのか。あいつらは嫌いだ。助けてくれない周りも嫌いだ。何も出来ない自分が嫌いだ。一番大嫌いだ』

『辛い時、泣いてはいけない。僕は絶対あいつらの前で涙を見せてはいけないのだ。それだとあいつらに負けた事になる。泣いてはいけない。でももう辛い』

『死んでしまいたい。疲れたよ、神様』

『クラス中が僕を否定 てたのしんで る。特に原田だ あいつはあたまがいかれ いる。狂ってしまっていると か思えない。先生も 生だ こんな深こくな問題にも関わらず「また全統模試 四位だったわね」など  全く無関係極ま ない返事を返された。ショック った。あの人を頼るのはやめにしよう。僕はいつ死んでもい  』

『今に見ていろ
 僕を見捨てた全ての愚か者ども
 必ず、見返してやる
 今に必ず見返してやる』



 日付も無く、時に水性インクが涙に滲んで読めない部分が目立つ日記帳は最後、頑なな決意じみた言葉のたった四行の殴り書きで終わっていた。
 思い出される、数々の思い出。内履きは女子トイレへと投げ捨てられ、教科書や辞書は買い換える度に破り捨てられた。担任に至っては我関せずの態度を結局卒業まで崩さなかったあの日々。
 トントントン、と雨垂れが屋根を打つ音が静かに部屋に響き渡る。澄んだ冷たい空気がそっと鼻から肺へと満ちていく。
 私は、何故か、笑みを零した。眉尻を下げて、思わず声を上げずに笑った。どうして笑えたのかはわからないのだが、古い記憶はノートと共に私の中でも大分色褪せていて、思い出が私を傷付ける事はなかった。
 私を虐める主犯格だった原田は今頃何をしているのだろう。先生はとっくに退職していて、もうそれなりにお年を召しているのには違いない。同じクラスだった他の皆は、元気に過ごしているのだろうか。
 過去の事実は思い出として、いつまでも私の中で消える事はない。だがしかし、私はその後数十年とたった今でも、『僕を見捨てた全ての愚か者ども』に何一つとして仕返しもしてないし、それどころか完全に記憶の隅へと追いやってしまっていた。
 ノートを閉じて、そのまま元の場所へ戻してやる。長年彼の居場所であった、湿気の溜まりやすい本棚の一番下の段へと。
 あの日の『僕』に、私がかけてあげれる台詞など決してこの世にないだろう。
 或いはきっと、この世のどんな励ましの言葉も『僕』の耳は決して受け付ける事が出来ないだろう。
 ただ一つ、気象予報士の今の私から過去の『僕』へ……。
 一般的に梅雨前線や秋雨前線と呼ばれる停滞前線は、寒冷前線に温暖前線が重なった形になったものを指し、停滞というその名の通りとても長い間雨を降らせる。
 その代わり、梅雨前線が去った後には、穏かで熱い陽射しが注ぐ、颯爽とした夏が来るものだ。


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