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From Maria
【ホラー その他小説】

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From Maria-2

夏のうだるような蒸し暑さはとうに失せ、入れ替わりに訪れた秋がしだいに深まりつつある。五時には辺りも薄暗くなり、六時ともなれば濃い闇に包まれる。しかし幸い頭上で点灯している店の明かりで、視界は昼間のように広い。
どこからか店内の食欲をそそる香りが、風に流れて僕の鼻先をかすめていった。空腹だった僕は、先に店に入っていようかどうか悩んだ。と、そこで彼女の姿を見つけた僕は、軽く手をあげる。
「先に入っているのかと思ったわ」
「今まさに、そうするつもりだった」
そう。じゃあナイスタイミングだったわけね。裡里はそう言うと、肩を揺らして小さく笑った。
店へ入ると、女性の店員が僕らを席まで案内してくれた。促されるままテーブルを挟んで向かい合うように座り、手渡されたメニューから食べたいものを適当に注文した。
天井からぶら下がっている電球の優しい明かりが、木で出来たテーブルや窓枠、丸太柱や、それに巻き付いた蔦などをぼんやりと照らしている。コテージとかはこんな感じなのだろうか。裡里と旅行する時は、こういう場所に泊まるのも悪くないかもしれない。運ばれてきた食事を口に運びながら、僕はそんなことを考えた。
晩飯をとり、すっかり腹が重くなった僕らは、次に店のすぐ隣りにあるゲームセンターへ向かった。デートをすると、裡里は必ずと言っていいほどプリクラを取りたがる。しかし実を言うと、僕はどうもあれが苦手でしかたがなかった。特にシャッターを切るまでのカウント。その間、写りのいい顔を作っておく必要があるのだが、僕には難しく、プリントされた自分の顔を見るなり内心ではいつも落ち込んでいる。ゲームセンターへ一歩踏み入れたとたん、僕らは店の轟音に飲み込まれた。広い空間に設置された数々のゲーム音に加え、半端じゃない量の客たちの話し声や笑い声。もはやそれは分類が不可能な、ひとつの塊となって店内に渦巻いている。
「さて。どれで撮ろうか」
さっそくプリクラコーナーへ足を向けながら、裡里は言った。一束にまとめられた後ろ髪が背中で揺れる。
「たまにエアホッケーとかやりたいな」
つかつかと先を歩く彼女の背中に何げなく提案してみたが、僕の声が周りの音にかき消されてしまったのか、彼女からの答えはなかった。
「これがいいかな」
ずらりと並ぶ機種から裡里が選んだのは、前回きた時には置いていなかった新しいものであった。近くでは若い女の子たちが、喜々として声をあげている。プリクラを撮る際には、薄いビニールカーテンで中と外が遮られているため、撮影する瞬間を部外者に見られることはまずない。とはいえ、やはり気が滅入る。ゲームは好きだが、この手のものは僕には絶対似合わない。
「よし。これにしよう。尚喜。入ろう」
後退りする僕の手首を無理やりつかみ、裡里がビニールカーテンをあける。と、そこで彼女の動きが止まった。その理由が僕の位置からも分かった。すでに先客がいたのだ。頭を下げるでもなく、無言のまま彼女はカーテンを降ろし、その場から離れた。
「残念だわ」
「この世の終わりみたいな顔するなよ」
目に見えて落ち込む裡里と肩を並べながら、僕はかすかに苦笑する。それにしても、と彼女は伏せていた顔をあげた。
「これだけ騒々しい場所でも、お年寄りとかくるものなのね。少し驚いた」
ああ、と頷き返しさっき裡里の肩越しから見えた二人のことを思い出す。僕らが入ろうとしていたプリクラにいたのは、腰の曲がった老婆と小学生くらいの男の子の姿だった。孫との記念撮影にでもきたのだろうか。それとも孫に、ゲームセンターへ行きたいとねだられたりしたか。そんな理由でもなければここは、どう若く見ても七十を過ぎたような老人が、わざわざ足を運ぶような場所ではない。 あの二人、きっとまだ時間かかるわ。裡里は舌打ちをするように呟きながら、隣りを歩く僕の顔をのぞき込むようにして言った。
「エアホッケー、やる?」
どうやらさっきの僕の提案は、単に聞こえないふりをしていたらしい。
「やろう」
「負けた方がプリクラをおごるっていうのは、どう?」
自信ありげに笑みを浮かべながら裡里は言う。全く負ける気がしなかった。


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