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ヴィーナスの思惑
【SM 官能小説】

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ヴィーナスの思惑-6

あの人の瞳の底には、何よりも彼を虜にするに《ある種の残酷性》さえそなえていた。彼女の
無機質な顔の裏側に彼を突き放す残酷な気配が確かに潜んでいると感じたとき、ミチオは彼女
に欲情した。いや、ミチオ自身が彼女のものになりたいと思った。そして彼のからだの底に
芽生えた性の息吹は、彼がこれまで感じたことのない夢想の色彩を帯び始めたのだった。

ミチオはふと彼女の裸体を想い描いてみた。見たこともない彼女の裸体を。彼女の裸体の幻影
はミチオにとって不思議なほど鮮やかなものだった。彼が彼女に感じている欲情がつかみどこ
ろのない空気のようであっても、それは不自然であって自然と言える感情でもあった。意識し
ようとしているものと無意識に湧いてくるものを同時にミチオは彼女から受け入れようとして
いた。

あの人の艶やかな髪がなびき、香水の匂いが彼の心の襞をなぞったような気がしたとき、心と
肉体の素直な喘ぎに似たものが彼の咽喉を息苦しくさせた。彼女と会うときはいつも咽喉がカ
ラカラに渇いてくる。いや、その渇きは残酷で心地よい渇きだった。

自分でもはっきりととらえることができなかったものが自分の殻を破り、悶え、あがき、成虫
として孵化しようとしていた。彼女のすべてが美しく彩られるほど、彼女の仮面の下に見え隠
れする素顔が濃さを増していき、ミチオのなかに浮遊し続けていたものが、禁欲的な不思議な
感傷と凛々しい酷薄な偏愛へと彼を導いていくような気がした。


その夜、ミチオはあの人の夢を見た…。

彼女の足元に跪いたミチオは、貞操帯の中のものをしっとりと潤わせ、彼女に差し出した彼の
肉体の隅々を開こうとしていた。そして、籐の椅子に腰をおろしたあの人の黒いハイヒールの
先端に湿り気を感じたとき、彼女の匂いがミチオのからだ全体を釉薬のように覆ってきた。
その甘酸っぱい匂いは、美しい蛾の毒々しい鱗粉の匂いであり、もしかしたらひな鳥の卵を呑
み込んだ蛇の細い舌から滴る唾液の匂いかもしれない。

匂いはミチオの腿の付け根に忍び寄る冷気のように纏わりつき、彼の疼きを歪んだものに掻き
回す。まるで肌の下の血管から荒々しく血を吸い上げるように。いや、彼女が掻き回している
ものは、ミチオの体温や脈拍でありながらも、ほんとうは彼自身の心なのだ。それはとても
素敵なことだった。

あの人の冷ややかな顔つきが麗しいヴィーナスのように見えてくる。のけぞらせる白い咽喉元
はミチオを戦慄させ、薄い唇は残酷で、瞳の中には宙をつかむような無為のものが溢れていた。
ベールのような衣服の中にそよぐ乳首、ため息を吸い込むような胸部の窪み、透明の夜気が
ひたひたと忍び込むような双臀の細い切れ筋、ストッキングに覆われた太腿の内肌の翳り。
幻夢のように迫ってくる彼女のすべてが無為であり、無為なものはミチオに多大な苦痛と悦び
を与える予感を秘めていた。


あの人に出会ってから、ミチオは彼女をずっと追い求めた。カフェを出た彼女のあとをつけ、
電車に乗り、路地を歩いた。淡い琥珀色の靄に包まれたような彼女の後姿を追い続け、彼女の
首筋から匂う香水を嗅ぎ、彼女の体温を探り、彼女のハイヒールの足音をからだの中に刻み込
んだ。けっしてミチオが触れることができない彼女のからだの突起と窪みの幻影は、ときに彼
を息苦しくさせ、ときに心地よい感傷を生んだ。

ミチオは、すでに自らのペニスを封じた貞操帯の鍵をあの人に委ねることを決心していた。な
かなか鍵を入れた封筒をあの人に渡せる機会はなかった。そして、彼女がカフェの席を離れ、
化粧室に入ったときに、ミチオは思い切って封筒を彼女が席に残していたバッグに忍ばせたの
だった。しかし、それが最後のチャンスになるとは彼は思いもしていなかった。あの人はその
日を最後にミチオのカフェに来なくなったのだ。



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