是奈でゲンキッ！Ⅴ 『ミステイクス リンク』-3
そんな公園内の遊歩道を、嘉幸が軽快に飛ばしていると、何やら前方のベンチに腰掛けて、俯きながら持っているキリンのぬいぐみにブツブツと話し掛けている、小学生ぐらいの女の子の姿が見えるではないか。
きっとお人形遊びの様な事でもしているのだろうと、嘉幸も気に止めてはいなかった。
そして嘉幸が近づくと、何を思ったか女の子は不意に持っていたキリンのぬいぐるみから、手を放した。
転げ落ちたぬいぐるみが、コロコロコロっと、快走する嘉幸の自転車の前へと飛び出して来る。
嘉幸は慌てて自転車のブレーキを掛けた。
”ザザーッ”と白いマウンテンバイクが後輪をロックさせて、狭い道路を遮るかのように横になって止まると、足元に横たわるキリンのぬいぐるみを見詰めながら、嘉幸も「フーッ！ 危なかったぁ！！」と、安堵の溜息を吐く。
突然の事で女の子も驚いたのだろ、目の前に立ちふさがった嘉幸の姿を、キョトンとした顔をして見上げていた。
嘉幸は自分の足元に転がっているぬいぐるみを拾い上げると、付いていた砂粒を手で、パタパタと掃い落としながら。
「キリン君と喧嘩でもしたのかぁ。大切（だいじ）な友達を落としたりしたら駄目だぞぅ」
そう言いながら、拾ったキリンをハンドパペットでも操るかのように、手で小刻みに揺らしながら、女の子の顔へと近づけたりする。
女の子はしばらく、そんな嘉幸の人形劇を驚いたように眼を見開いて眺めていたが。
そのうち何を思ったか。
「ふぇえ～～～～んっ！」
と、声を上げて泣き出したではないか。
「えっ！ あっおいっ！ 君ぃ……」
当然、嘉幸は焦りまくる。
偶然近くに居た通行人達も、どうやら大きな高校生が小さい子を泣かせたのではないかと、訝しげに嘉幸のことを見詰め
たりもすると、心中穏やかでは居られない。嘉幸は、そんな人達の視線を痛く感じながら。
（俺じゃ無いっすよ！ 俺は無実だ！！）などと心で叫びながら。
「あっああ～ごめんごめん…… 大丈夫だから、もう平気だから、ねっ、ねっ！」
女の子の頭を優しく撫でながら、必死に彼女を宥（なだ）めるのであった。
～～～～～～～
「ただいまぁー…… あらっ、あんた何やってんの！？」
帰宅した是奈の母親が、キッチンの中を覗き込みながら、何やらかを必死の形相で作っている娘の姿を見て、驚きの声を上げた。
それもそのはずである、チョコレートやら小麦粉やら生クリームやら、鍋やらボールやらフライパンやらが、あちらこちらに散乱して、まるで戦争でも有ったかのごとき酷い有様に、母も立ち尽くしざる得ない様子である。
「手作りチョレートを作ろうと思ったんだけど……上手くいかないんでぇ…… クッキーを焼こうとしたら……火加減がちょっとぉ～…… しかたないから、気分を変えてシフォンケーキでも、と、思ったんだけど…… てへへぇ……」
是奈は今までの経緯を、ざっと母親に話すと、照れながらポリポリっと頭を掻いて、ぺロッと可愛らしく舌を出して見せたりする。
そんな娘の姿を見て、何やってんだか！ と母親は呆れたように額の辺りを手で押さえながら。
「あんた不器用なんだか、そんな事止めなよ」
と、持っていたスーパーのビニール袋をキッチンの真ん中に ”デンッ”とふんぞり返る様にして有る、食卓テーブルの上に置きながら。
「柄にもなく、何でそんな事してんのよ」
そう言いながら、ビニール袋の中から買ってきた牛乳パックを取り出して、中の牛乳を美味そうにゴクゴクっと飲みながら、娘の顔色を伺っていた。
是奈は、母にそんな事を聞かれて、少し恥ずかしそうにモジモジしながら。
「だってぇ……明日、田原君の誕生日だって聞いたからぁ…… それでプレゼントでもしようかと思ってぇ…… それでぇ」
はにかみながらも、そう言う娘の顔を覗き込みながら母は。
「えっ！ 何々！！ その田原君って言うのは、あんたの彼氏ぃ！」
何を期待しているのか、嬉しそうな顔をして、そう言いながら娘に詰め寄ったりする。
「違うよ！ そんなじゃないよ！！」
是奈は焦るようにして、両手を母の目の前でパタパタ振りながら、慌てて後づ去ったりもするが。
「はっはーん…… さてはあんたぁ、手作りのお菓子でも作って、プレゼントして、上手くいけばそのまま彼女にでも成りすまそうと、企んだなぁ」
母の鋭い、いや鋭すぎるほどの突っ込みに、最早ぐーの音も出ないと言ったところだろう。是奈は真っ赤な顔をして、ただただ俯いて黙っているのが精一杯だった。