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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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居酒屋『久宝』-4

 ミカがますますいらいらしながら言った。「あのな、久宝、ケンジも聞いて。美紀はね、こないだからストーカー被害に遭ってるんだ」
「えっ?」ケンジが少し腰を浮かせた。
「ええっ?」洋輔は鋭く顔を上げた。
「キモい中年男に付きまとわれてたんだぞ。知らなかっただろ」
「な、なんでそんな!」
 洋輔はその日初めて隣の美紀の顔をまじまじと見た。
「あたし……」美紀はうつむいたまま独り言のように言った。「恋人が欲しくて……っていうか、結婚相手がいればいいな、って思って、その、出会い系サイトに登録しちゃったんだ」
 洋輔もケンジも固唾を呑んでその続きの言葉を待った。
「その相手から……しつこく……」
「み、美紀先輩……」
「あたし、きっぱり断ったんだよ、でも、今日もあたしの部屋に訪ねてきて……」
 美紀は涙目になっていた。
「そ、それって……」
 ミカが言った。「性懲りもなく美紀に今から部屋に行く、って電話掛けてきやがってさ、そいつ。怖くなって逃げてた美紀の代わりにあたしが玄関先で追い払ってやった」
「そ、そんなことしてたのか、おまえ……」横のケンジが眉間に皺を寄せて言った。
「絶好のタイミングだったね。あたしが美紀んちのドアチャイム押してた時、のっそりやって来てさ、見るからに病んでる感じだったから、消えろ、二度と来んな、って凄んでやったよ。あっはっは」
「さすがミカ先輩……」
 洋輔が安心したように言った。

「でも、」ミカが指を立てて洋輔に身を乗り出した。「美紀の勤め先にそいつがまたやって来る可能性は残ってる。前科があるんだ」
「そうなのか?」ケンジが言った。
「美紀の仕事が終わるのを待って無理矢理誘ってきた。そうだろ? 美紀」
 美紀はコクンとうなずいた。
「あ! もしかしてそれがあの時!」洋輔が小さく叫んだ。
「久宝君、あ、あの時はほんとにありがとう」美紀が消え入るような声で言った。
「あいつかー。実はストーカーだったんすね。確かにまともなヤツには見えなかったな」
 洋輔は険しい顔をして拳を握りしめた。
「でさ、美紀はもうそこの仕事辞めたんだよね」
「……うん。ほかにもいろいろあって。あの店で働き続ける自信無くしたから」
「無理もないっすね……」
 ミカは美紀に向き直った。
「仕事、どうすんの? 美紀。新しく見つけなきゃ」

「……あたし、接客は自分で向いてると思う」そう言いながら美紀はちらちらと洋輔の方に視線を送った。「飲食店みたいなとこで働くのは苦にならない」
「ふうん……」ミカは焼き鳥の串を取り上げた。
 ほんのりと頬を赤くして、洋輔は横目で美紀を見ながら言った。
「俺、今、求人出してるところ知ってます。み、美紀先輩にぴったりな飲食店」
「え? どこだよ、それ」ケンジが口をもぐもぐさせながら言った。

 洋輔が緊張した面持ちで言った。「い、居酒屋久宝」

 美紀は思わず洋輔の顔を見た。そして少しの間絶句したまま彼の目を見つめた。
 洋輔はとっさにうつむき、自分の膝に視線を落とした。
 テーブルの下でミカは隣のケンジの手をぎゅっと握った。ケンジも汗ばんだ手のひらで握り返した。そして二人とも固唾を飲んで、次の展開を待った。

 長い沈黙の後、美紀が絞り出すような声でやっと言った。
「い、今、面接してもらっても、いいかな」
 洋輔は顔を上げ、瞳を落ち着かないように揺らめかせながら、引きつった笑みを片頬に浮かべて、そっと美紀の手を取った。
「そ、その必要はないっす、先輩。お、俺が採用します」

 やれやれ、と大きなため息をついて握っていたケンジの手を離し、ミカはジョッキに残り生ぬるくなったビールを飲み干した。
「お代わり!」
「あ、はいはい」洋輔は照れたように笑って、ミカの空になったジョッキを持って立ち上がった。


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