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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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居酒屋『久宝』-3

「いやあ、久しぶりだね、この居酒屋」
「そ、そうだね」
 『居酒屋久宝』の小上がりに美紀とミカは向かい合って座っていた。ミカはお通しの枝豆に手を伸ばした。
「よく飲んでたよな、ここで、みんなと」
「懐かしいね」美紀はぎこちない笑みを浮かべた。
 生ビールのジョッキが二つ運ばれて来ると、ミカはすぐにそれを手に取り、ぐいぐいと喉を鳴らして飲んだ。
「相変わらずだね、ミカ」
「あんたも飲めば?」
 美紀は申し訳なさそうに眉尻を下げた。「あんたみたいにごくごく飲む気分じゃないなあ、今は……」

 その時、店の入り口の引き戸ががたがたと派手な音を立てた。
 えらっしゃい! と串焼きの厨房から声を掛けた店の主は、入ってきた男を見て不機嫌そうにつぶやいた。「なんだ洋輔のヤツか」
 店に飛び込んできた洋輔は立ち止まってきょろきょろと店内を見回した。まだ早い時刻だったので、客は点々とテーブルを埋めている程度だった。
「おいでなすったか……」ミカは小さくつぶやいて、またジョッキをあおった。

 洋輔は顔を赤くして、躊躇いがちに美紀たちのいるテーブルに近づき、横に立った。
 美紀はそんな洋輔を見ることもできずに身を堅くして膝に置いた拳を握りしめていた。
「せ、先輩……」洋輔が喉から絞り出すような声を出した。
 美紀はようやく上目遣いでその後輩を見た。
 出し抜けに洋輔は三和土に土下座をして、大きな声で言った。「美紀先輩っ! いらっしゃいませ!」
 テーブルに頬杖を突いていたミカは、思わず顎をその手からずり落とし、思い切り呆れ顔をして心底おもしろくなさそうに言った。「なんだよ、それ。そこは『俺とつき合って下さい』じゃないのか?」
 そう言って立ち上がったミカは、洋輔の腕を乱暴にとって立たせ、美紀の横に無理矢理座らせた。そして並んだ二人に向かってすごんだ。
「さあ、話を進めろ。いいかげん決着つけな」
 しかし二人はもじもじしながら黙っているだけだった。

 また店の入り口の引き戸が開く音がした。
 えらっしゃい! と今度こそはと威勢良く主が叫んだ。そして入ってきた客を見て、嬉しそうに続けた。「おう! ケンジじゃねえか。久しぶりだな」
 お邪魔します、と言ってケンジは戸を閉め、ミカたちのいるテーブルを見つけて近づいてきた。
「来たね」ミカが言った。
 ケンジは靴を脱ぎ、小上がりのテーブルのミカの隣に座りながら言った。「話は進んだ?」
「時間掛かりそうなんだよ。もうイライラしちゃう」ミカは眉間に皺を寄せて枝豆を摘み上げた。

「俺……」洋輔がぽつりと口を開き始めた。
 ケンジはおしぼりを、ミカは枝豆のさやを持ったまま動きを止め目を輝かせ、洋輔の次の言葉を待った。横に座った美紀はますます身を固くした。
「お、俺が、美紀先輩の、その、は、初めての男だって知りませんでした」
 そしてまた頭を下げテーブルに額を擦りつけた。「すんませんっ!」
「いや……そんなことどうでもいいから、」ミカが右手をひらひらさせながら言った。
「どうでもよくないっすよ。だ、だって先輩の大事な大事な女の操を、俺が奪っちまったわけでしょ?」
「じゃあ責任取れば?」ミカは投げやりな口調で言った。
 洋輔はまた黙り込んだ。


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