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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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居酒屋『久宝』-2

 喫茶店『ジャマイカ』の一番奥の薄暗いテーブルに美紀は一人でうずくまるように背を向けて座っていた。
 ミカは近づき、美紀、と小さな声で呼んだ。彼女は申し訳なさそうな目でミカを見上げた。
「ミカ、ごめん。面倒なこと、させちゃって」
「全然気にすることないよ」
 ミカは美紀の向かいに座った。すぐに男性店員がやってきて注文を訊いた。ミカがホットコーヒーを、と言うと、彼はテーブルに置かれた注文票を取り上げて書き込み、そこを離れた。
「しっかし、あの男、見るからに病的な目してたね」
「そ、そう?」美紀は怯えたように言った。
「ストーカーってあんな目してるんだ、ってなかなか勉強になったよ」ミカは笑った。
 先の店員が白いカップを運んできて、お待たせしました、と言ってミカの前に置いた。
「また来るかもしれないね、あの人……」
「大丈夫なんじゃない?」ミカはカップを持ち上げた。「あたしがしこたま脅してやったから」

「でも、」美紀は中身が半分ほど減った紅茶のカップの載ったソーサーの縁を指でそっとなぞりながらうつむいて言った。「あんなにしつこい人だから、まだ諦めてないのかも……」
 ミカは顎に手を当てて言った。「また現れる可能性は、確かに0じゃないね」
「本当に軽率だった。あたし、人を見る目がないのかな……」

 組んだ手に顎を乗せたミカはにこにこ笑いながら言った。
「あんたがちゃんとしたパートナーとつき合って、その人にガードしてもらえばいい話じゃん」
「え?」美紀は思わず目を上げた。
 ミカはコーヒーを飲み干して膝を打った。「よしっ!」
 立ち上がったミカを見上げた美紀はきょとんとした表情で言った。「ミカ……」
「出るよ、美紀。飲むぞ」
「な、何よ、こんな時に……」
「これが飲まずにいられっか、ての」
 ミカは笑いながら美紀の肩を叩いた。



 ケンジはかつて通っていた『尚健体育大学』の屋内プールにいた。指導教官の木下は相変わらず口汚く部員たちを指導していた。
 プールサイドのベンチに座って、ケンジは洋輔と話していた。
「木下先生、全然変わってないな」
 ケンジが言うと、隣に立った洋輔も困ったような顔で応えた。
「俺、先生に褒められたことなかったからなー。今でもちょっとびくびくしてら」
 ケンジは笑った。
「そんなことより、ケンジ、なんで俺をこんなとこに呼び出す?」
「いや、懐かしくてつい。おまえは後輩の指導しに来たりしないのか? 家、近いじゃないか」
「数年前に木下先生に呼ばれて大会前に指導したことはあったけどよ、ここんとこ全然泳いでねえし、正直あんまり気はすすまねえ」

「おまえ、」ケンジが少し真剣な目を洋輔に向けた。「こないだ電話で自分の気持ちを俺に話すって言ってたが」
 洋輔は思わず身を固くした。
「俺、まだ聞いてないんだが。そろそろ話してもらってもいいか?」
 しばしの沈黙の後、洋輔は自分の膝に視線を落としたまま呟くように言った。「俺、つき合ってた彼女とは別れた」
 ケンジはちょっと意外な顔をした。「ケンカでもしたのか?」
「いや」
「いつものようにもう飽きた、って軽いノリで捨てたんじゃないだろうな?」
 洋輔はムッとしたようにケンジを睨んだ。「そんなことしねえよ。……こ、今回は」そしてすぐに目をそらした。
 ケンジは肩をすくめて洋輔の肩に手を置き、じっと彼の目を見つめた。「本命に気持ちを伝える決心をした。そうなんだな? 久宝」
 洋輔は思わずケンジから目を背けた。

 不意にケンジは立ち上がった。そして腕時計に目をやり、すぐに座ったままの洋輔を見下ろした。
「おまえが美紀先輩にちゃんと気持ちを伝えるってんなら、今からおまえんちに行くぞ」
「な、なんで美紀先輩に……」洋輔は真っ赤になってケンジを見上げた。
「顔に書いてある」ケンジは笑った。
「おい、ケンジ、意味がよくわかんねえんだけど。なんで俺んちに、」洋輔は立ち上がった。
「飲むんだよ。行くぞ、一緒に」ケンジはにこにこ笑いながら洋輔の腕を掴んだ。



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