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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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居酒屋『久宝』-1

 ミカは美紀の部屋のドアチャイムを押した。もう三度目だったが反応がない。
「なんだってんだ、約束してたのに……」イライラしながらバッグからケータイを取り出そうとした時、背後に人の気配がしてミカは振り向いた。
 そこには黒縁の眼鏡を掛け、グレーのスーツを着たロマンスグレーの頭髪の中年男性が無言で立っていた。

「おや、貴男は?」
 ミカはその男に身体を向けて腰に手を当てた。
「おたくは誰です?」
 その男はあからさまに懐疑的な表情をしてミカを睨んだ。
「あたしはここの住人の親友です。何か用ですか? 桂木さん。桂木浩幸さん」
 桂木は驚いて一歩後ずさった。
「美紀からは絶縁されたはずでは? まだ付きまとう気ですか?」
「あ、あんたには関係ない」
「あたしの大切な親友がみすみす不幸になるのを見過ごすとでも?」
「不幸になんかしやしない。私は彼女を愛している」
 はっ、とせせら笑って、ミカは言った。
「貴男がやっていることは立派なストーカー行為。あたしすでに貴男のことを美紀から聞いて警察に相談しています」
「な、なんだって?」
「元々口の堅い子で、人の秘密を口外したりはしないけど、貴男のことは別。何とかして欲しい、って泣きつかれてね。いろいろ聞きましたよ」ミカは不気味な笑みを浮かべた。
「くっ……」
 桂木は脂汗をかき、滑稽な程歯を食いしばって身体を細かく震わせ始めた。
「勤務先にも訴えましょうか? 国家公務員なんでしょ? 農水省のお役人さんだとか」
 じりじりと後ろに下がり始めたのその男を、ミカは口角を上げて睨み付け、追い打ちをかけるように低い声で続けた。「興信所に依頼して、すでに貴男の家族構成、住所まで特定できてます。過去の女性関係も」

 桂木は言葉をなくして青ざめた。

 ミカはニヤニヤ笑いながら続けた「美紀を信用して教えて下さった個人情報。ここまで執拗に付きまとわれたら、それを使って仕返ししたくもなるでしょ?」
「ひ、卑怯だぞ」桂木は噛みしめていた唇をぶるぶると震わせた。
 ミカは声を荒げた。「何が卑怯よ! 貴男だって、美紀の電話番号、勝手に勤め先の店長に聞き出したんでしょ?!」
 ミカは一歩その男に近づき、腰に手を当てて大声を出した。
「とっとと消えな! この場で警察呼んでもいいんだよ?」
 桂木はきびすを返して何もないところで何度もつまずきそうになりながら走り去っていった。
 その背中に向かって、ミカはドスの利いた声で恫喝した。「もう二度と美紀に近づくんじゃないよ! このクズ男!」

 ミカはその場でケータイを取りだし、警察ではなく美紀に電話をした。
「今どこにいんの?」
『ごめん、ミカ、あたし逃げてる』
「知ってる。桂木のヤツからだろ?」
『え? どうして知ってるの?』
「たった今あんたの部屋の前に来たあいつを脅して罵って追っ払ってやった」
『ほ、ほんとに?』
「ああ。警察に言うぞ、って言って、個人情報をばらすぞ、って凄んだらしっぽ巻いて逃げてったよ。あははは!」

 ミカはついさっきの桂木とのやりとりを美紀に話して聞かせた。
「え? あたしあの人の住所とか女性関係とか知らないよ」
「ハッタリかましたんだよ」ミカはウィンクした。「青ざめてたから、身に覚えあるんじゃない?」
 美紀は少し涙声になっていた。『ありがとう、ミカ、助かった……』
「何てことないよ。あんなゴミ野郎、あたしも許せないからね」
『裏手の喫茶店『ジャマイカ』にいる。来てくれる?』
「わかった。すぐ行くよ」
 ミカはそう言って通話を切った。


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