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煉獄のファルチェ
【ファンタジー 官能小説】

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森の穴にて-2


 悪魔は飢えを満たすため、とりあえず一番近くの村へ行き、村人たちを殺してみた。
 『仕方ないんだ』と、言って。

 この村の人間達は、いつもそう言って仲間の人間を穴に投げ込んで殺し、これで飢え死にしなくて済むと言っていたからだ。
 でも、どれだけ殺しても、悪魔の飢えはちっとも満たされなかった。

 最後の村で、震え上がって命乞いする男に、飢えてるんだと言ったら、パンとか言うものを渡された。
 食べてみたら、胃袋には入ったけれど、全身を蝕む飢えは欠片も満たされない。
 そいつも殺して、流れ出た血を舐めてみたけど、吐き気がするほど不味いだけだった。


 ――おかしい。人間から生まれたのに、人間のことがよく判らないし、どうやってこの苦しみを消せるのかも判らない。


 悪魔は答えを求めて、誰もいなくなった廃墟を夜な夜なうろつきまわる。
 見つけたものを、手当たり次第に口に入れ、死体から服や粗末な装飾品をはぎとって、身につけてみた。

 自分は穴の死者たちから生まれたのだから、それを作った奴等と同じ事をすれば、きっと満たされる思ったのに……どうしても、ヒリヒリする飢えは治まらない。

 昼間は古巣の森に戻った。
 寂しい森の街道も、ごくたまに旅人が通りかかる。
 そいつらが美味そうに食っていたものを奪ってみても、やっぱり胃袋へ滑り込むだけ。これなら森の木の実を食ったって一緒だ。


 そんなことを何年も繰り返していたある日。黒尽くめの魔法使いが森の中へやってきた。
 そいつは、悪魔が生まれ出た穴の傍で包みを広げると、すごく美味そうにパンやリンゴを食べ始めたから、それを奪い取ろうと襲い掛かかり……負けたのだ。
 黒覆面をつけた魔法使い――報奨金目当てで、悪魔退治にきていたリロイに。


『――森の悪魔。君はもうすぐ死ぬけど、最後に何か言いたいことでもある?』

 魔力の糸で地面に縫いつけられた悪魔に、黒覆面の魔法使いが訊ねた。

『最後……かぁ。じゃ、教えろ』

 一言喋るのも痛くてたまらなかったけど、どうしても知りたかったから、悪魔は尋ねることにした。
 この驚くほど強い魔法使いなら、答えをくれるかもしれないと思った。

『いっぱいの人間が、仕方ないといって、あの穴へ人を落として殺したんだ。それで飢え死にしなくて済むと言ってた。
だから、そこから生まれたあたしは、奴らと同じことをやった。……でも、どれだけ殺しても、いろんなもの喰っても、なんか違う。
ずっと苦しいし、なにか欲しくてたまらない。なぁ、教えろ。なんであたしは、ずっと飢えてる?』

 すると、魔法使いは少し考え込んでから、困ったように頭を掻いた。

『多分それは……胃袋じゃなくて、心が飢えてるんだ』

 それから奴は、もう少し長いこと考え込んだ末、魔法を唱えて青白い光でできた短剣を作り出した。

『僕はリロイと呼ばれているんだ。君の名前、本当はなんて言う?』

 いきなり妙なことを聞かれ、悪魔は困惑した。

『森の悪魔ってのが、あたしの名前だろ?』

 本当に、森の悪魔としか呼ばれたことがなかったから、それが自分の名前だと思っていたのに、リロイは思い切り笑い転げた。

『じゃあ、僕が名前をあげる。【ファルチェ】にしよう。鎌という意味で、君にピッタリだ』

『いらない。もう死ぬんだろ』

 頭にきてそっぽを向いたが、リロイに顎を掴まれて顔を向けさせられた。

『予定変更だ。僕は、君の心を本当には満たせないかもしれないけれど、君に服従の呪いをかけて、一時的に飢えを満たすことは出来る』

 リロイが自分の黒い覆面をずらした。
 その口元に浮んでいる、緩やかな笑みから目が離せくなった。

 生まれて初めて向けられた、恐怖と嫌悪以外の表情に目を奪われていると、リロイが片手を大きく振り上げた。
 魔法の短剣が、悪魔の心臓に深々と突きたてられる。

『――っ!!!』

 全身を、表現しがたい衝撃が駆け抜けた。
 不思議と痛みはなく、魔法の短剣は心臓へ吸い込まれるように消えていく。
 大きく喉を反らして喘ぐ悪魔に、いっそう笑みを深めた男が、歌うように囁きかけた。

『しばし一緒に、煉獄を生きようよ。ファルチェ』


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