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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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ストーカー-3

 洋輔は美紀の手を取って立たせた。
「大丈夫っすか? 先輩」
「久宝君……」美紀は涙ぐんだ目を洋輔に向けた。
「事情を聞かせて下さいよ」

 洋輔はデートの最中だった。美紀は彼に連れられて店の奥のテーブルに向かった。そこにはボブカットの小柄な女性がちょこんと座っていて、両手でグラスを抱えるようにしてオレンジジュースを飲んでいた。
 杏樹は目を上げ、美紀を見て眉をひそめた。
 頭を掻きながら洋輔は杏樹の隣に座った。そして美紀を向かいの椅子に座らせた。
「俺の大学ン時の先輩。美紀先輩っつーんだ」
「そう」グラスをテーブルに戻して杏樹は言った。
「悪漢に襲われてたのを助けたんだぜ、俺。すげえだろ」洋輔はわははと笑ってふんぞり返った。
「先輩なの……」
「ごめんなさい、デート中に」美紀はしきりに恐縮して、涙を拭いたハンカチをぎゅっと握りしめた。
「誰なんすか? あのオトコ。知り合い?」

 美紀は首を振った。「……知らない人」

「危ねえなー。こんな人気のある所で見境なくす男って、いるんすね」
「ごめんね、ありがとう久宝君。助かった……」
「大声出してくださいよ、そうすりゃ誰かが気づいて助けてくれるから」
 美紀は上目遣いで洋輔を見た。「久宝君がいてくれて、本当に幸運だった」
 洋輔の隣の杏樹が、またグラスを抱えて言った。「でもいざっていう時は声が出ないっていうわよ」
「そうなのか?」洋輔は美紀に目を向け直した。「美紀先輩もそうだったっすか?」
 美紀はコクンとうなずいた。「悲鳴もあげられなかった……」
「護身術でも習わねえと無理なのかね……」洋輔は自分の顎をさすりながら言った。
「洋輔くん、今度教えてあげたら? 先輩に」
「あいにくそんな知識はねえよ。でも先輩はなんでここに?」
「あたしの勤めてる『マリーズコーヒー』は今、このシネコンの中なの。ほら、チケット売り場の反対側」
「え? そうだったんすか?」
「このシネコンができた時にテナントで入ったの」
「っつーことは仕事帰り、なんすか?」
「そう」

 美紀は立ち上がった。
「邪魔しちゃったね。あたし帰るね」
「出口まで送ります」洋輔も注文票を手に立ち上がり、杏樹も後に続いた。

 レジを済ませた洋輔の後に続いて店を出た杏樹は、美紀が横に立った時、ほのかにすっとした海を思わせる甘い香りがするのに気づいた。

「部屋まで送りたいけど、すんません、今、こんなだから……」洋輔が頭を掻いた。
「うん。大丈夫。人通りの多いところを選んで帰るよ。じゃあね、彼女と素敵な時間を」
 美紀はようやくぎこちないながらも笑顔を作って、小さく右手を振ると、すぐに二人に背を向け歩き出した。

「ん? どうした? 杏樹」洋輔が美紀の後ろ姿に手を振りながら、横に立った杏樹に目を向けた。
「あの先輩とは親しいの? 洋輔君」
「親しいも何も」洋輔は杏樹に身体を向けた。「大学ン時の先輩だっつっただろ。部活でずっと一緒のあこがれの先輩だったんだぜ。『サヨリお嬢』ってみんな呼んでた。クロールのフォームがめちゃめちゃスマートでかっこいいんだ」
「憧れの先輩だったんだ……」杏樹は少しだけ顔をうつむけた。「それだけ?」
「は? 何だよ『それだけ』って」
「何でもない」杏樹はそう言って洋輔の腕に自分のそれを絡めた。


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