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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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ヒロユキ-3

 マンションの自分の部屋のドアを開けた時、腕時計の針はまだ8時前だった。

 桂木は美紀を車に乗せ、ホテルを出ると、運転しながらしつこくすぐにまた会おう、メールするから、と何度も念を押してきた。美紀は後部座席にずっと黙って座っていた。大通りに出る交差点で信号待ちをしている時、美紀はここで降ります、と言って、引き留める桂木を振り切って車から降りた。すぐに信号が変わり、何度も振り向いて美紀の姿を目で追っていた桂木は、後続車からの容赦ないクラクションでしぶしぶ車を発進させた。美紀はそこからタクシーに乗って帰宅した。

 部屋に入るやいなや美紀は上着を脱ぎ、クローゼットのハンガーに掛けた。そして着ているものを全て脱ぎ去りあっという間に全裸になると、身につけていたその衣服を丸めて乱暴に洗濯機に放り込んだ。
 バスルームのドアを開け、美紀は焦ったように給湯レバーを持ち上げ、シャワーを全開にしてすぐに全身に浴びせかけた。身震いするほど冷たい水がしだいに温かさを得て、美紀はその迸るお湯に打たれながらしばらくじっとたたずんでいた。
「失敗だったな……」
 シャワーを背中に浴びながら、美紀は角が取れて丸く小さくなった深海のような色の石けん『シースパイス』を手に取り鼻に近づけ、大きく息を吸い込んだ。
 何か触れてはならないものに手を出してしまって、身体の中にどんよりとうずくまるように残っていたくすみが、その爽やかな香りによって浄化されていくような気がして、美紀はため息をついた。
「また買ってこなきゃ」
 美紀は手のひらに載せたその石けんを見つめながら呟いた。

 部屋に戻った美紀は、ショーツを穿き、いつものメンズのシャツを羽織ってノートパソコンを開いた。
「もうやめようかな……」
 美紀は『ハッピーカップル』のマイページを開いた。相変わらず身体をもてあましてセックスしたくてたまならないことがその文面からあからさまに解るようなメッセージが大量に届いていた。
 その中に『ヒロユキ』からのメッセージもあった。

『今度いつ会う? 私はいつでも君を抱いてあげられる。予定を教えて』

 美紀はもう『ヒロユキ』にメッセージを返信する気はなかった。だが、はっきり断った方がいいのだろうか、とも思っていた。

 その受信メッセージのすぐ下に『こうじ』からのメッセージが入っていた。
『調子はどう? 仕事はうまくいってる? 今日は特に暑かったけど、体調管理はしっかりとしてね。一人暮らしだと不摂生になりがちだし。あ、ごめんなさい、すっかりため口になっちゃってますね』
 美紀は思わず苦笑した。この男性はあたしとの話題がなくて困ってる。きっと会いたがってるんだろうな。

『こうじさんはフリーターって仰ってましたけど、あたしも一人で暮らしてます。気楽でいいけどもうあんまり若くないし、いい人がいればいいな、と思ってこのサイトに登録したんです』

 美紀は今まで『こうじ』とのメッセージのやりとりで――もちろん他の男性との実際の会話ででも――口にしたことのなかったことを記した。しかし事実だった。このサイトで選んだ三人の男性の内、この『こうじ』だけが何か違う雰囲気を持っている気がした。
 美紀は続けて書いた。
『よかったら一度お会いしませんか? 女の方からこんなお誘いをしたら引かれてしまうかもしれませんね(笑)』

 ノートパソコンをそのままにして、よし、と威勢良く言って立ち上がった美紀は、シャツのボタンを留めながらキッチンに足を向けた。
「お腹空いてきちゃった」
 美紀はそう言って、大きめの鍋に水を張って火に掛けた後、ストッカーからタマネギとニンニクとオリーブオイル、それにパスタの袋を取り出した。冷蔵庫からスライスベーコンを出してきて細かく刻み、タマネギとニンニクも手際よくスライスし始めた時、鍋の水がふつふつと小さな音を立て始めた。


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