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風彩の宴(うたげ)
【SM 官能小説】

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風彩の宴(うたげ)-1

九年前のあのときも、風は私の胸の奥で、物憂く吹いていたような気がする…。

彼がほんとうに私の恋人であったのか、それ以上の存在であったのかはわからない。ただ彼が
詩人であったことは間違いなかった。どこからか吹いてくる風は、今もまだ彼に対して抱く私
の感傷と追憶を鮮やかに彩る。風の中に浮かんでくる彼の蜜色の唇は、私に向かって言葉を
語り始める。そして<、私のからだの隅々までを愛撫する言葉は、濃艶な色彩を私の中に残し
続けているのだった。

私は《彼のもの》だった。九年前、三十六歳の私の心と身体のすべてが彼のものになった。
彼は私だけを純粋に欲望していた。彼の欲望は、私の中にどんな男たちより快楽を湧かせた。
艶やかな黒髪をなびかせ、蒼い瞳の中に粗野でありながらも鋭い眼光を漂わせた彼は、ジムで
鍛えたという強靭な胴体をもちながら、象牙色の胸肌はどこまでも滑らかで優雅な稜線を描い
ていた。その繊細で巧緻な美貌は、ある種の、混沌とした、虚ろな光を孕んでいた。光は、
私が憧れた美徳と悪徳のすべてをそなえ、私の中に泡立つ熱を含ませ、秋色に彩られた快楽を
生んだ。

彼は、私のからだをどんなに深く知った男たちよりも、私という女を知り尽くそうとしていた。
しかし、彼は私に知り尽くそうとしていのに自分のものを決して私に与えなかったのだ。ただ
彼の物憂い唇から洩れる言葉だけが私のからだの奥底に分け入り、陰部の襞を掻き回し、私を
荒々しく突き放した。しかし、私は、彼から与えられる甘美すぎる言葉に身も心も焦がし、癒
され続けたのは間違いなかった。彼がどんな悪意の言葉を私に吐いたとしても。


あの別荘が彼にとってどんな場所であり、どんな意味をもっていたのかを今さらながら振り返
る。つき合い続けて二年後、彼は私を、初めてその場所に導いた。褪せた灰色のコンクリート
の地肌が剥き出しになった廃屋のような別荘は、伊豆半島の南端の岬に建ち、絶壁に打ちつけ
る無機質な波の音に包まれた建物のすべてが鬱屈とした光に包まれていた。

そして、錆びた、重い鋼鉄の扉を開き、彼が私を導いた部屋は、彼が私を《所有物》とするた
めに用意された部屋だった。

彼は私の衣服を愛おしく剥ぎ取ると私の肩を強く抱き寄せた。それは彼との最初で最後の接吻
だった。彼の息づかいと冷ややかな体温を初めてからだの奥に感じたとき、私の咽喉には彼の
掌で絞めつけられるような感覚が目覚めてきた。私の唇が彼の氷のように冷たい唇にふさがれ、
彼の舌が私の口の中に濃厚な甘い唾液をもたらしたとき、遠くから聞こえる絶えまない波の音
と窓から洩れた蒼い空から吹いてくる海風に零れる光が、私のからだを充たした。

そして、彼が私に、鎖の付いた首輪を嵌めたとき、その光は、私の中に深い安息を刻み込み、
眩しく煌めいたのだった。


瞳を静かに閉じる。ふと、あのときの彼の姿が秋風に吹かれて私の脳裏に舞い上がった…。



<>………


きみの首筋に嵌められた首輪の鍵はぼくがもっている。そしてきみは、首輪に繋がった鎖を
ぼくが引くだけでぼくの前に跪かなければならない。そのことの意味がきみにはわかるはずだ。
きみはぼくの前ですべてを失った。ぼくのために。その素敵な肉体だけでなく、きみの心さえ
も。たとえきみが望んでいなくても、きみはぼくを迎え入れなければならない。これでいいの
さ。なぜならぼくたちは、すでに愛し過ぎた関係だから。

こうしてぼくの前に全裸で立たされ続けている気分はどうだ。きみの隅々の肌を晒すにはあま
りに明るすぎる灯りか。今さらそんなに恥ずかしがることはない。ぼくたちはいずれけっして
裂かれることのない関係になるのだから。ぼくにとって、きみは恋人以上の存在になる。うれ
しいと思わないかい。

以前、きみは、あるSMクラブの売れっ子女王様だった。慕い寄る数々の男たちをまるで掌で
転がすように侮蔑し、卑下し、嘲笑し、男たちの背中に鞭を振り降ろした、得意げな顔をした
女王様。男たちは悦びをもっときみの足元に跪き、きみのハイヒールに接吻した。きみは脚を
愛撫させた男たちの狂悦に充ちた顔に騎乗位に跨り、腿のあいだの柔らかい付け根で彼らの頬
と唇を淫靡に緊めた。実に麗しい瞬間だったといまでもきみは思っているに違いない。

きみは彼らを支配しただろうか…。いや、そうではないことをきみ自身が知っているはずだ。
きみは、鞭を振り下ろす男たちが欲するままに創られたピエロにすぎない。そうじゃないか。
鞭を手にしたきみは、彼らに逆に飼いならされた快感に酩酊した自虐的なマゾヒストの女とい
うわけだ。その不埒なナルシストの仮面を剥がされたきみの精神は実によくできている。巧み
に振舞うサディストこそ、真のマゾヒストである。なぜならぼくときみは同じ人間だからさ。
ぼくはきみを支配し、きみはぼくを支配する。互いに隷属した状態におくことで、ぼくたちは
きっと深く愛し合う関係になる。それはとても純粋で高貴なことだと思わないかい。


そして、きみはこれまでのことをまるで自白文書のように小説に書き続けている。「谷 舞子」
というペンネームでね。きみが書いたSM官能小説を興味深く読ませてもらったよ。それは
茶番としかいいようのない清らかな欺瞞に溢れ、きみが思い込み続けた淫らな喜劇とでも呼べ
るものだ。そして、自虐的な小説はきみの道化そのものなのさ。きみが信じる理想と純潔から
の堕落とでも言うものなのか。つい笑ってしまいたいほどだ。自らを呪縛的な快楽にゆだねる
きみを、ぼくは心地よく味わうことができると思っている。清らかな嘔吐をしそうなくらいね。

慈しみに充ちた精神的な禁欲こそが肉体的な真の快楽をもたらす。それが誓い合うことのでき
る愛の美徳に背くことであることにぼくらはすでに気がついている。きみはきみ自身の肉体を
《物質化》し、《不感化》しなければならない。究極の美徳として。男たちの尻に鞭を打ちつ
けるきみは、同時に男たちの目の前できみ自身が縛られ、異物を注入され、悶え苦しみながら
排泄物を垂れ流す恥辱の快楽を想い描いていた。それがきみの求めている肉欲から解き放たれ
た不感の安らぎと慈しみなのさ。男たちを嘲笑う前にきみ自身の不感の、悪徳に充ちた自虐性
を自ら侮蔑することだ。


<>こんな場所でぼくときみがどんな愛し方をするのか、ぼくにはとても素敵な予感がする。あく
までぼくたちの関係は、まだ《始まり》かけている。きみはそのことにすでに気がついている
はずだ。きみは、これまできみがつき合った男たちと交わした行為に微睡むような酩酊をいま
だに求めているかもしれない。愛おしく重ねられた互いの唇、きみのからだの隅々までを知り
尽くした男たちの愛撫、肌に滲み込んだ男たちの吐息と唾液、あまりに《自然》にきみの中を
深くつらぬいた男のもの。

きみは、あたりまえのように男たちと《愛の関係》になった。そう、まわりの誰が見てもね。
でも、ぼくはきみにこうして首輪を嵌めた。その瞬間からきみのこれまでの《行為》の何もか
もが色彩を失った無為の時間となる。そうじゃないか。自分で言ってみることだな。きみが
抱かれた男たちの名前を。そしてどんな心地よいセックスを味わったのか。言えないはずだ。
きみは男たちの名前も顔も忘れ去っている。ぼくに首輪を嵌められた瞬間から。きみは、自分
がぼくという男のものになったこと、そして、自分がぼくに深く欲望されていることに新たな
快感と悦びを見出すことになる。それがとてつもない苦痛であったとしても。

ぼくの言葉に、すでにきみの欲情は水面に浮かんだ笹舟のようにゆらゆらと揺れ、深海の底を
彷徨い始めている。きみのあそこから微かに滲みでる蜜は、音を失い、やがて茫漠とした欲情
の水面を渡って暗い沖へと流れていく。まるで蒼白いきみ自身の物語が語られているようにね。
潤んだ肉襞の中には、滲み出た蜜が雲母のような斑の翳りを生み、溢れる淫蕩な寂光が隠れた
きみを誘い出そうとしている。きみの肉襞の血潮の輝きは失われ、波光は冷たく鎮まりかえっ
ている。求め続けた夢の切れ端が、波にもまれる藻のように蠢き、湿り気のある陰毛の毛先に
集い、やわらかな香りさえ漂わせている。そして、歪んだ子宮に囁かれるぼくの言葉は、きみ
の柔らかい空洞に砕けたガラスの破片のように突き刺さる。


ぼくの前で尻を上げ、床に顔を擦りつけた自分の姿を目の前の鏡でよく見ることだ。そうだ、
それでいい。すべての準備は整ったのさ。きみに足りないものは、煮えた欲望と飢え、そして
身をよじるような恍惚とした苦痛。きみがぼくに隷属する悦びは、身も心もぼくの悪徳に晒さ
れたきみの献身でのみ実現される。

ほら、こうしてぼくがきみに語りかけているだけできみはすでにぼくに対して欲情している。
ぼくの前にきみは無防備な裸を晒しているのに、今夜のぼくはまだ一切、きみのからだを犯し
てはいない。ぼくはきみに首輪をし、後ろ手に手錠を嵌めただけだ。それはこれからのきみに
とってもぼくにとっても、とても《意味のある始まり》なのさ。床に跪く別人のようなきみの
顔が鏡の中で淫靡な悦びに翳っているのがわかるだろう。ぼくは背後からきみの淫らな尻の穴
に言葉を吹きかけている。きみはすでにそうされるだけで感じているはずだ。ぼくの言葉が、
伸びてきたぼく自身の指のようにきみの股間をまさぐり、性器を弄ることに。そして、きみは
恥ずかしい自分自身の姿が好きになりつつあるのさ…。


<>………


渋谷のカフェバーで知り合った彼は、いつも鞄の中に首輪と手錠をもっていた。彼には失った
恋人がいたという。からだに磨きをかけた、モデルをやっていた若い女が。その女は三年前に
死んだらしい。

あなたのかつての恋人はあなたの鞄の中身を知っていたのかしら…と別荘に誘われた夜に、
私は彼に尋ねた。彼は首を横に振った。彼は自分が欲望を抱いた女にだけにしか首輪も手錠も
見せたことはない、たとえ恋人であっても…と言った。その言葉が私にはとてもうれしかった。
なぜなら彼は、テーブルの上に、すでに首輪と手錠を用意していたからだ。彼は、私だけを
純粋に欲望していた。彼の欲望は、どんな男たちの欲望よりも、私の中に意味のある苦痛と
快楽を湧かせ、からだを疼かせた。

私はいつも彼が吐く言葉の夢を見た。私は夢の中で彼の言葉をからだの奥に囲い込み、強く
抱きしめた。吸い着くような湿った彼の言葉が、私の首筋の窪みを、腋窩の翳りを、乳房の
谷間を、臍の縁を、物憂げに這いまわった。からだのすべての窪みに彼の愛おしい言葉を感じ
たとき、咽喉の奥から別人のような自分の嗚咽が洩れた。

夢の中に仄かに浮かぶ彼の胴体は、清冽な肉惑を漂わせ、私に淫らで、残酷で、甘美な快感を
予感させた。細い紐のような黒いビキニブリーフに浮かびあがったペニスの陰影は息苦しく私
を責めてきた。私の唇がゆるみ、舌の奥で涎が溜まり、湿り気を含んだ陰毛の奥で肉の合わせ
目が自然と開いきた。肉襞の薄皮が蕩けるように剥げ、内腿が痛いほど強ばり、伸びた足の
爪先が千切れるほど反り返った。

あのとき、私の中にあった曖昧なものは、明瞭な渇望となり、飢えとなった。欲しい…とても
あなたが欲しいわ。私が唇を微かに動かしたとき、彼は薄笑いを浮かべ、テーブルの上の首輪
と手錠を手にした。のけ反った首筋と後ろ手に捩じられた手首が冷たいもので拘束され、ひん
やりとしたものが皮膚に喰い込んだとき、私は、めまいに似た感覚で彼を受け入れることがで
きた。彼の体温と吐息が私の肌に滲み入り、私は彼にとってふさわしい女となり、彼の望むも
のになったことを感じた。からだのあらゆる部分がなめらかになり、疼いているすべての部分
が彼の前に晒されたことに初々しい愛以上のものさえ感じたのだった。


………


こうして身も心もぼくのものになったきみは、ぼくにどうして欲しいのか、さあ、ここで正直
に告白することだ。心とからだを、苦痛に充ちた恥辱と凌辱でずたずたに破壊される晴れやか
で無垢な悦びこそ、きみのとっての究極の性愛と言えるものだ。きみはぼくとの関係において
すでにそのことを感じている。ぼくが突き出したきみの尻を鞭の先端で撫でまわし、腿のあい
だを開かせ、きみのはらわたを掻き出すほどの恥辱と苦痛で嬲りあげてくれることをきっと
望んでいるに違いない。いや、それ以上の苦痛かもしれない。

男に虐められることを望まない女なんていない。肉体的にも精神的にも。ぼくはそう思ってい
る。愛の幻影を見失ったきみは、心の傷を癒すのではなく、傷の痛みを忘れられるほどの苦痛
を欲しがっている。どんな男が欲しいのか、言ってみることだ。荒々しく粗放な言葉できみを
罵倒し、縛り上げ、羞恥を忘れられるほどの凌辱に晒してくれる男なのか。乳首を獣の牙のよ
うな歯で噛み、火で炙った陰毛を毟り取り、鋭いナイフで陰部の奥襞を削ぎ、足先で太腿の
付け根を捏ねあげるような男なのか。

<>ぼくの言葉にもうこんなに濡れているじゃないか。きみの下腹に這うぼくの言葉がきみの柔ら
かい部分に微かにまさぐっている。ぼくの言葉はまるできみの中を覗き見るように微かに蠢く。
それはきっとぼくのペニスを思い起こさせる滑らかなものであるはずだ。きみの陰部が小刻み
に震え、滲み出る蜜汁とぼくの言葉がゆるりと絡み合う淫靡な音が蕩けそうになったとき、
きみはぼくの言葉に淫らなペニスを夢見て、からだの奥に導こうとする。でも、きみとつなが
っているぼくの言葉はきみの奥に入ってくることはない。焦らされる湿った欲情に、きみは
哀れな嗚咽を繰り返す。陰唇に含んだだけのぼくの言葉は、まどろむようにきみの中で佇んで
いるだけだ。まるできみを嘲笑するようにね。

きみの肉襞はまるで壊れたかけた鍵盤のように軋み始めていないのか。疼き始めたきみの子宮
に追憶と忘却が混在し、爛れた溶液となり、やがて奇怪な形となって凝固していく。濁りすぎ
た性の雲海は肉襞の中を覆い、渦を巻き、蒼穹の果てへと舞っていく。血で澱んだ沼底に切り
落とされた子宮が奏でる銀河の音楽は遠いきみの哀歌に違いない。やがてぼくの言葉はきみの
空洞を貫き、きみの望みどおり鋭いガラスの破片となって肉襞に痛々しく擦り込まれる。支配
されながら与えられない抑圧と焦燥の苦痛にきみは息がつまりそうになり、からだの芯が音も
なく泡立ってくる。

きみは、「O嬢の鉄環と焼き鏝の烙印」を夢見続けている。まるで拷問道具のように陰唇を貫
き、封印された性器。そして灼熱の金鏝で烙印を押された尻。それをきみは支配者に求め続け
ている。そしてぼくはその支配者たる男としてきみを選んだ。鏡の中に映る自分の顔をよく見
ることだ。もっと脚を開いて。そして鏡の中で虚しくオナニーをする自分を想い描くことだ。
その厭らしく尖った乳首を摘まみ、弛んだ乳房を揉み、足を開いて、たっぷりと汁でぬかるん
だ自分の草むらの奥を弄りまわす自分を。きみの熱い箇所から流れ出た汁の卑猥な匂いがしな
いか。


ぼくたちは、愛し合い過ぎた関係かもしれない。だが、ぼくたちはいったい互いの何を愛そう
としているのか。そこには、何かしら穏やかでない渇望とも言える感傷がざわめき、ぼくはそ
のひたひたと押し寄せる感傷に誘惑される。きみの心やからだの幻影がぼくの《秩序》を絞め
つけ、夢の中で水の波紋のようにひろがっていくとき、ぼくはきみとの《関係性》おいて、も
っと残酷なことを考えなければいけない。それはぼく自身を甘やかな詩情へと至らしめる極め
て形而上学的なことであるとも思っている。

《愛する意味》ときみとの《関係性》を深める形而上学的な方法について、ぼくは、純粋で特
異な悪意が必要であると考え続けている。ぼくはそれを忠実に実行しないといけないし、きみ
もそう思っている。そう思うことでぼくたちのあいだに至福の性愛が湧き上がり、永遠の夢を
見ることができるのさ。そのとき、ある種の不思議な快感がぼくを襲うに違いない。きみが鞭
を打たれ、恥辱と凌辱に晒される姿を目の前にした幻夢の快感は、ある種、サディズム的であ
りながらも、きみに投影されたぼく自身の性に対する甘美すぎる焦燥ともいえるものだ。ぼく
が感じる狡猾で得体のしれない性に潜む闇にこそ、ぼくはきみに対する強い《関係性》を感じ
ることができるのさ…。

<>くどくどしい理屈なんてきみには必要がないということか。きみは男をほんとうに愛したこと
なんてないはずだ。きみは、どうしてそんなことが言えるのって顔をしている。ぼくもまたき
みと同じように女を愛したことがなかったからだ。ぼくの欺瞞はきみの欺瞞を嗅ぎ分けること
ができ、そういう人間は必ず出会うことができることをぼくは確信している。きみの性愛は、
男を愛することではなく、きみが男の所有物になり、男がきみの所有物になるときだけに得ら
れるものさ。きみの精神の翳りこそがきみ自身であり、純粋すぎる欲望そのものなのさ。ほら、
すでにきみの乳房はぼくの言葉に打ち震え、息づき始めた肉襞の奥で針が逆立ち、きみの虚妄
を引き裂こうとしている。きみが抱かれたどんな男たちのペニスよりもきみはきみ自身を自虐
に導くぼくの慈しみに充ちた言葉を愛しているじゃないか。


………


首輪と手錠を嵌められた私は、からだのあらゆる部分で彼を待っていた。彼は言葉で、指で、
唇で、体温で、そして吐息で、私の触れて欲しい部分を丹念にほぐしてくれた。そして触れて
欲しくないところもまた目覚めさせてくれた。最初に触れられた部分は、髪の毛の先端であり、
指爪の先端であり、陰毛の先端だった。そして触れ続けられた部分は、私の体の隆起であり、
突起であり、窪みだった。私はときに優しく、ときに冷たく、ときに乱暴に、彼の所有物とし
て触れられたのだった。

冷めた肌が熱を含み、熱を含んだ肌はさらに熱を含み、波うちながら悶えた。ときおり彼の指
は、強く私の頸動脈を絞めた。息の根を止められるかのような朧の感覚は、私の脈と彼の指先
に流れる血流が重なり合う感覚でもあり、私はもっと、もっと彼が私の首を絞めればいいとさ
え思った。

私は、彼が私の息の乱れをとても深く感じ取ってくれたことがとてもうれしかった。そして私
がとても欲しいものが何であるのか彼は知っているのに与えてはくれなかった。与えられない
ことで私は苦しめられ、彼の悪意を快楽として感じることができたのだ。与えられないものは、
彼自身の存在として私に重くのしかかり、思い知らされる。彼の下半身に付随したものは膨ら
み、漲り、透明の液を滴らせているというのに、それは、ただ私の鼻先で蠢き、虚ろに揺らぐ
だけだった。私は舌で触れることも、歯で噛むことも、唇で啜りあげることもなく、焦らされ
るため息だけを洩らした。でも、私はますます彼のことが好きになった。心がよじれ、麻痺し、
溺れ、堕ちていく…その甘美で残酷な感覚を私は抵抗なく受け入れたのだった。


<>………


きみが心の底で望んでいるとおり。ぼくの意志できみに鞭を振るい、きみは、きみの意志で
ぼくの鞭を受け入れる。でもそんな甘い感傷はいずれ消え失せる。ぼくたちにはもっと深い
悪意が必要なんだ。ほんとうに愛し合うことに必要なのは残酷な悪意による苦痛なのさ。
たとえば互いの所有物となった今、ぼくがきみを裏切り、きみがぼくを裏切る。とても素敵な
苦痛だとは思わないかい。

その苦痛を得るために、ぼくたちにはもうひとりの別の男が必要だと考えている。その男は
すでにこの場所に向かっている。驚くことはない。すべては予定していたことだ。どんな男が
ここに来るのかって。きみがもっとも忌み嫌う男だ。ぼくがこうしてかざした写真のK…とい
う男、きみにとっては忘れることのできない男のはずだ。十数年前、きみを強姦した男。震え
ているのか。でもぼくもきみと同じくらい背筋が震えている。なぜならぼくの恋人を死に追い
やった男だからさ。

当時、暴力団員だったK…は、伊豆の海岸でぼくを待っていた恋人を拉致し、この部屋に連れ
込み、凌辱した。そして恋人は三日後に全裸の遺体で発見された。彼は監禁と暴行殺人容疑で
逮捕されたが、恋人の殺人に直接関わったという証拠が不十分であったため、禁固三年の刑を
科せられただけだった。そのK…が一か月前、刑務所を出所した。ぼくは彼に金を渡し、きみ
を売った。ぼくはきみを、彼の凌辱の対象として売ったのさ。ぼくの所有物としてね。なぜそ
んなことをしたのかって。まだわからないのか。ぼくたちの未知の《関係性》を確実なものと
するためさ。

ぼくのかつての恋人との関係は、とても悲劇的と言ってもいいものだった。でも、完璧な悲劇
ほど愛に潜む未知のものをぼくに与えてくれたものはないと思っている。愛が抑圧され蝕まれ
ていく虚ろさを感じることがいかに至福に充ちた快楽であるのかをぼくは悲劇的に知ったのさ。
ぼくの彼女に対する愛は色褪せ、膿んだように発酵し、やがて腐敗していった。それを打ち砕
いたのが、彼女が見知らぬK…という男に凌辱されたという事実だった。ぼくは、恋人が男に
凌辱される姿を何度となく夢に見た。夢みる恋人の喘ぐ姿に、ぼくは彼女に対する愛以上の
《関係性》を強く感じた。ぼくの愛は息を吹き返したように色めき、絡んだ藻がほつれるよう
に暗い洞窟を潜り抜け、新しい風に晒されたように息吹き始めたのさ。


さあ、男が来る前に準備が必要だ。そこに置いてある調教椅子に乗るのだ。そうだ…これでい
い。畸形でありながら残酷な美を湛えた調教椅子だと思わないか。下半身と足首を拘束し、左
右に開いた部分はこうしてハンドルを回すことによってきみの恥部を高らかに跳ね上げ、陰部
をくっきりと晒す。これから麗しい陰毛の奥が男の餌食となり、彼の憎々しいものを受け入れ
なければならないというのに、すでにきみの中はたっぷりと潤んでいるではないか。十数年前、
きみはその男にどんなことをされたのか、悦びをもって思い浮かべることだ。

きみを拘束しているもののすべてに鍵が掛けられている。この鍵によってね。きみはもうこの
鍵から逃れることはできないし、この鍵がない限り自由になることはできない。そして、ぼく
自身も目の前に置いてあるこの檻に自らを監禁する。檻の中にぼくが入った後に自ら檻に鍵を
かけ、きみの首輪と手足の革枷に掛けた鍵といっしょに檻の外に放り投げる。ぼくときみの
あいだの床に落ちた鍵は、その瞬間、ぼくもきみも決して拾うことはできなくなる。互いに手
が届かないところに鍵。K…という男がここに現れるまでは。もちろん、鍵を拾うことができ
るのはその男だけだ。

女に飢えた獣のような男は、おそらくきみという餌を肉底まで貪り尽くすだろう。いや、きみ
は彼に与えられる凌辱と苦痛によって自らもまた獣と化さなければならない。そして、檻の中
のぼくはきみを助けることもできないし、彼の行為を妨げることもできない。ただ、ぼくは男
がきみを凌辱する姿をこの檻の中から無抵抗に眺めることしか許されていない。でも、それは
ぼくたちにとって、とても素敵な至福の時間となるのさ…。


<>―――


マンションのバルコニーの椅子で眠りから覚めた私の頬を秋風が優しく撫でていく。
いったいどれほどの時間、眠っていたのだろうか…。彼の夢から覚めた私のからだの芯がゆる
やかに火照りながらも、亡霊のような彼の瞳の中に吸い込まれ、薄闇の中に溶けていく。何か
がほぐれるように蕩け、解き放たれ、舞い上がっていく体は、まるで彼にじわじわと犯される
ように欲情の始原とも言える光にまぶされていく。

黎明のとき、マンションから見える遠い海には秋の薄い光が溢れていた。ひろがる海はあのと
き別荘から見えた海のようだった。その憧憬は彩りを濃くし、光は風と戯れながら瑞々しく揺
らいでいた。蒼い空から吹いてくる風が、彼の遠い面影を運んできたようにすっとからだをす
り抜けたとき、私は彼の体温をふと感じたような気がした。


あれから九年がたつ…。

私にはあのときの記憶がまったく残っていなかった。K…という男はあの部屋に現れ、鍵束を
拾い上げた。そして調教椅子に拘束された私に対して淫靡な薄い笑みを浮かべながらズボンの
ジッパーに手をかけた。その瞬間から私の記憶は消滅していた。そのあと私が、K…にどんな
凌辱を受けたのか、彼からどんな苦痛と悦びを得たのか。

のちに聞いたことだが、あのとき、あの別荘の近くを通りかかった公園の管理人が部屋の不審
な様子に気がつき、警察に通報したことで私たちは保護されたらしい。その後、私は精神を
患ったが、どんな治療によってもあのときの記憶だけは決して戻ることはなかった。

その後、彼とふたたび会うことはなかった。彼がどこで何をしているのか、私は一切を知るこ
とはなかった。ただ、彼が、自らを閉じ込めた檻の鍵をふたりのあいだの床に放り投げたとき
に語った言葉だけが私の空白の記憶の縁に残り続けていた。


「…これからきみは、ぼくの意志でここに来る男に凌辱される。そのことによってきみはぼく
だけの思念の対象となり、ぼくだけの欲望の対象となる。秩序よりは未知のものに隷属するこ
と…それこそが、ぼくが愛と呼べるものなのさ…」

マンションから眺める黎明の情景が、ついさきほどまで見ていた私の夢の幻影をほのかに浮か
び上がらせる。夢の中で溶けていく彼の姿が爛れた果実の実が弾けたように幻の彩りを孕んで
いく。恍惚とした切なさをひたすら奏でるように彼の言葉が私の背中を旋回する夢は、からだ
の浮揚感と宙づりの無為の時間を生み、秋風をゆるやかに巻き込む髑髏の窪みとなり、やがて
凍りついた柩(ひつぎ)となっていく。


『風彩の宴(うたげ)』を書き終えた私が今も感じている彼に対する思いは、恋でも愛でもない。
いや、それ以上のものを私に与えてくれた彼の言葉は、どこからか吹いてきた風となり、物憂
く、甘美な彩りを深めていく。そして、風が孕んだ色彩は、いまでも私のからだの中に残り続
けている…。



『…風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くか
を知らない…』(ヨハネによる福音書第三章八節)


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