投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ブックエンドと君の名前
【純文学 その他小説】

ブックエンドと君の名前の最初へ ブックエンドと君の名前 5 ブックエンドと君の名前 7 ブックエンドと君の名前の最後へ

ブックエンドと君の名前-6

 眼球に触れんばかりの距離に鋭いコルク抜きの先端を突きつけられているにもかかわらず、女の子の様子はまったく緊迫していなかった。そのためか、弁解はどこか現実味に欠けた。しかし現実味のない今の状況(暗闇、女体の拘束、三日後に迫る崩壊……)においては、その弁解にはそれなりの説得力があるようにも中澤には思えた。腹が減ることを忘れるということも、あるかもしれない。彼は自分もまた空腹であることにようやく気がついたのだ。

 中澤はコルク抜きをポケットに入れた。それから少しのあいだ迷い、彼女ののどを少しさすってから手を離した。

「今は、言ってしまえば世界中が無法地帯だから」

 と中澤は説明した。女の子はまったく何ひとつ感慨を得ないといった様子で、その言葉を無感情に聞いた。

「警戒するのは悪いことじゃないわ」と女の子は言った。
「うん。でも結果として悪いことになるというのはある。今のように」
「それって謝ってるの?」

 女の子は疑わしそうに言った。中澤は頷いた。彼は暴力的に女の子を拘束したことに少なからぬ後悔なり罪悪なりを感じていた。しかし暗闇の中での頷きはまったく意味を成さない動作のひとつであり、中澤にはそれをきちんと言語に置き換える必要があった。

「謝るべきことだと思う。少なくともいきなり首なんて絞めるべきじゃなかった」
「でも、こそこそっとしてた私も悪いのよ。どう切り出そうかって迷ってて」
「食べ物のこと?」
「そう。家には何もないの」

 と女の子は言った。中澤は頷きかけたが、自分たちが暗闇に包まれていることを改めて思い出した。

「それはもちろん構わないよ。電気が通っていないみたいだから、缶詰なんかで良ければってことになるけど」
「十分よ」、と女の子は言った。「甘えさせてもらいます」

 女の子は中澤から大股一歩ぶんの距離を置いて彼のあとをついて家に入り、電灯をつけて台所へ行き、ふたりで戸棚の中身を物色した。果物の缶詰と、トマトの水煮の缶詰がいくつかあった。魚の缶詰がふたつあり、牛肉の缶詰と真空パックの干し肉がひとつずつあった。冷蔵庫も開けてみたが、かすかに残った冷気と今朝の時点では冷えていたはずのビールとしぼんだ玉ねぎと急激に寿命の縮んだ豚肉しか入っていなかった。

 電気がつかないので、中澤は蝋燭にライターで火をつけてテーブルや電話台や廊下の隅に配置した。途端に遠くから昔話が聞こえてきそうな雰囲気が彼の家に宿った。ひとまずの灯りは確保したが、それは灯りというよりは暗闇へ沈む途中の段階にある弱い闇のように見えた。中澤はテーブルに広い皿を持ってきて、その上に肉と魚の缶詰をすべて空けた。小さな皿をふたつ持ってきて、そこに果物を空けた。先ほどまで真空の中に封じ込められていた食べ物が、出来損なって放棄されたいびつな料理みたいな姿へと昇華した。

「なかなか面白い光景といえるね」

 女の子はテーブルを見下ろして、感心したように呟いた。声は小さく、細く、加えてこの陰鬱な部屋の中ではどことなくくぐもって聞こえた。

「昼の時点では、もう少しまともなものが食べられたんだけどね」

 中澤は弁解をするようにそう言った。

「お昼は何を食べたの?」
「スパゲティー。卵を全部使ったオムレツ」
「もっと早く来たら良かった」、と女の子は言った。


ブックエンドと君の名前の最初へ ブックエンドと君の名前 5 ブックエンドと君の名前 7 ブックエンドと君の名前の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前