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ブックエンドと君の名前
【純文学 その他小説】

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ブックエンドと君の名前-11

 しかしそこからはひと欠片の声も出てこなかった。スピーカーの壊れたテレビに映る人物のように、音のない開閉を彼女の口は繰り返した。そこからは音声になる前の段階にある切実なメッセージが、空気を震わすことも叶わず空中に垂れ流されていた。

「明日が最後の一日だ」

 と中澤は言った。改めて口にしたその自分の言葉は、中澤の耳には非現実的な聞こえ方がした。長い時間を置いて、女の子は静かに頷いた。

 目覚めると、部屋に女の子の姿はなかった。


『日本では夜明けの頃です』、とポータブル・ラジオから愛想の良い声が流れた。録音だか生放送だかは分からないが、ひどい環境で収録されていることはノイズにまみれた途切れ途切れの音声を聞けば明らかなことだった。

 日本では夜明けの頃です。空が白みはじめ、星がひとつ、またひとつ消え、最後の一粒が見えなくなる頃にそれはやって来ます。時間帯としてはまずまず悪くないんじゃないでしょうか。だいたいの人は眠り込んでいる時間ですからね。新聞配達なんかをやっている人も、今夜は遠慮なく寝坊しちゃってください。どっちみち新聞なんかもう誰も読まない。誰も書かない。そうでしょ?

 実はこの放送をするために、我々はけっこうな努力をしたんですよ。電気が通っていないから、近くの工事現場から発電機を盗んできたんです。もちろん盗んだって言っても引越し屋みたいにすっと運べるわけありませんよ。現場にあったクレーン車に積んで持ってきたんです。四トンのクレーン車。それでね、クレーン車に乗ったことのある局員なんかひとりもいないから、あっちこっちにぶっつけてきたんですね。ブレーキが効きすぎて車内でも頭やら腰やらみんなしてぶっつけるし、散々でした。正直かなり思い切りへこませたガードレールもありますが、まぁそんなわけで勘弁してください。夜明けにはガードレールもエッフェル塔もみんな吹っ飛んでますから。可愛いもんです、へこみなんて。

 さて、最後の放送で何を伝えるべきか、けっこう考えてみたんですよ。大して痛くないから心配ないよとか、何かしらぐっとくる格言めいたこととかね。公表があったときも外国人のおじさんが言ってたじゃないですか。隣人を愛そう、我々にはそれができるはずだ! って。かっこいいですねぇ。実はああいうタグイの台詞もいくつか用意してあるんですよ。馬鹿みたいでしょ。

 でもこれは音楽番組です。もう何年もポップソングを流し続けてきたんです。自慢じゃないけど、番組中に格言なんて一度も言ったことありませんよ。新人シンガーの批評と下ネタだけで大騒ぎするごく当たり前の番組なんですから。それでね、我々としては最後までその姿勢を、軟派なノリを貫きたいと、そう思っているわけです。だから何かしら心を打つ言葉を聞きたがる真面目なリスナーがこの番組を聴いているのなら、悪いことは言わないから違う番組を聴いてくださいな。といってもウチ以外に放送してる番組なんてありませんけどね。ライバルがいないって最高です。市場の独占。これが一昨年だったら大はしゃぎです。
 この馬鹿でかい電子レンジみたいな発電機がいつまでもつのか分かりませんが、可能な限り音楽を流します。放送枠なんて関係ありません。ぶっ通しでまいります。二十四時間テレビならぬ二十四時間ラジオ。一度くらいはやってみたかったですよ。まぁ実際には二十四時間もないですけどね。せいぜい十八時間くらいじゃないかな。とにかくそういうわけでつまるところ、これからひたすら音楽を流すから、お気に入りの歌が聞こえてきたら合唱でもしてみてくださいなと、そういうことです。いいかな。鳴る?

(機械を操作する音。そしてアコースティック・ギターの音色が流れる。協和音と不協和音のあいだを縫って足跡ひとつない広い雪原の上にそっと降り立つような巧妙なギター・アルペジオ。『オーライ』と遠くからスタッフの声)


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