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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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その夜の後-1

 ディーナは生まれてこの方、戦場というものを見たことはなかった。
 だが、今夜この娼館では、まさしく小規模の戦が起こっていたらしい。

 リアンに抱えられて廊下に出ると、辺りは一面に血の海。生臭い匂いや焦げた匂いが入り混じり、そこかしこで呻き声が聞こえる。
 外へ出ると、娼館の前は無数に灯されたランタンで、祭りの通りより明るいほどだった。
 しかし、こんなに大騒ぎになっているのに、憲兵の姿は一人も見えず、これが世界の暗い部分で起きていることなのだと、ディーナに実感させた。

 各々の武器を手に、せわしなく動いている者たちには、人間も魔物も入り混じっていたが、ひと際目だっていたのは一人の九尾猫だった。
 九尾猫はアラクネと同じように、殆どが女性の魔物だ。
 人の身体に猫の耳と九本の猫尾をもつこの魔物は、それぞれの尾に一つずつの命をもち、九回までの生をしぶとく生きる。吸血鬼と並ぶ、非常に長命な魔物だ。
 だから、妙齢の女性に見えるその九尾猫も、実際の年齢はわからない。金糸刺繍の入った漆黒のドレスを夜風になびかせ、左の目は眼帯で覆っている。腰までのまっすぐな髪は美しい紫紺の色で、尾も四本だけ白いが他は同じ色だった。
 きびきびと指揮を取っていた彼女の、隠れていない金色の右目が、月光とランタンの灯りの中で妖しく鋭く耀いている。
 すでに朦朧としかけていた意識の中でディーナは、彼女が夜猫の頭首さまだろうかと、なんとなく感じた。

 人だかりの後方では、怪我人の救護が行われているらしく、忙しく処置に当たっているサンドラとルカの姿がチラリと見えた。
 ――そして。
 不意に、黒い風のようなものが視界の端に入ったかと思うと、いつのまにかカミルが目の前にいた。
 その瞬間、気が抜けてしまったのだろうか。
 頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。自分が子どものように、嗚咽の声をあげたのを聞いたような気がする。

 それから……気がつくと、どこかの寝台で裸身をカミルに絡ませ、夢中で快楽に咽び泣いていた。ここがどこかも解らないし、考える余裕もなかった。
 繋がって、何度も深く口づけられて、優しく愛撫されて、熱くて気持ちよくてたまらない。

「だんなさま、だんなさま……あいしてるの……」

 頭の中が痺れて、もう絶対に離れたくないとしか考えられず、淫らに喘ぐ合間に、何度もそう繰り返していた。
 カミルが何と答えたのかは覚えていない。何も言わなかったかもしれない。
 媚薬に促されるまま、淫らに啼いて数え切れないほど達するうち、混濁する意識がまた薄れ始め……。


 ―― 喉のヒリつきと身体中の痛みで目を覚ますと、ディーナは見知らぬ簡素な部屋の寝台に、一人きりで眠っていた。

(あれ……?)

 呆然としたまま、薄暗い部屋の中で視線をめぐらすと、窓ガラスの外には、明かりの灯る夜の街が見えた。さすがに祭りの賑わいや広場のやぐらは消えているようだが、まだ多くの建物の窓に明かりがついている。
 ……すると、あの娼館を出てから、そう時間は経っていないのだろうか?

 窓の外と、いつのまにか着せられていた見覚えのない寝衣を交互に眺めながら、ディーナは悩む。
 そもそも、ここはどこなのだろう?

 しかし、寝台から起き上がった途端に、ひどく眩暈がしてシーツの上に倒れこんでしまった。
 傍らの小さなテーブルには、ガラスの水差しとコップが置かれており、勝手に飲んでいいものかと迷ったものの、喉と頭が痛くてたまらない。
 ソロソロと手を伸ばしかけた時に、部屋の扉が唐突に開いた。
 水差しに手を伸ばした姿勢のまま、ギョッとして振り向くと、入ってきたのは大きめの包みを抱えたカミルだった。

「起きたか」

 いつもと変わらぬ外出用の姿をしていた彼は、マントのフードを払いのけてスタスタと室内に入り、さっさとコップに水を注いで硬直したままのディーナへ突き出す。


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