投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 97 ディーナの旦那さま 99 ディーナの旦那さまの最後へ

選択-1

 初めて、グラートにきちんと名前を呼ばれたことにさえ、ディーナは気づく余裕もなかった。
 媚薬に身を焼かれながら、凍りつくような不気味さにガクガクと震えているディーナを、グラートが熱に浮かされたように見つめている。
 そして彼は、ニタリと口角をあげた。

「そうそう、さっき事務所でもう一つ、良い報告を聞いた。君にまとわりついていた、リアンとか言う青年。どうも怪しいと思っていたけれど、やっぱり人狼だったんだ?」

「っ!!」

「ここの用心棒にも人狼はいるんだよ。傭兵あがりの怖いオジサンでね。彼が先月から留守にしてなければ、もっと早く特定してもらえたのに。でも、ちょうど今日帰ってきて良かった。俺達が元締めと話をしている間に、忍び込もうとしたリアンを嗅ぎつけて、今は追いかけっこ中らしいよ」

 もっとも……と、グラートはにこやかに続けた。

「うちの人狼オジサンが、一度狙った獲物を逃がすわけはないけど。それに彼、死体で遊ぶ困った趣味があるから、詳しい結果は聞かないほうが良いと思うな」

「リアンが……」

 やはり、彼まで巻き込んでしまったのかと、ディーナは絶望に呻く。
 その様子を嬉しそうに眺めていたグラートだったが、不意に顔をこわばらせた。廊下から激しい物音と怒声が響き、こちらへと近づいて来る。

「なんだ……?」

 屈みこんでいたグラートが身を起こしたのと、頑丈な鍵のかかった扉が吹き飛ぶのは、ほぼ同時だった。

「ディーナ!!」

 部屋に飛び込んできたのは、リアンだった。
 顔や手足は人容をとっているものの、狼の耳と尻尾が出たまま。
 衣服も手足も、鋭い獣の爪に引き裂かれたようにボロボロで、おまけに全身ずぶぬれ。ポタポタと滴り落ちる水滴は、血が混じって薄く赤味を帯びていた。
 身動き出来ないまま、ディーナが信じがたい気持ちでその姿を眺めていると、リアンは苦しげな呼吸を吐きつつ駆け寄ってきた。
 ディーナの拘束を見ると、彼は顔を引き攣らせて呻き、手枷と寝台を繋ぐ鎖を掴んだ。
 太い鎖は、音を立ててあっけなく引きちぎられる。手足の拘束具も、両手で留め金をメリメリと割り開いてしまった。

 彼がその昔、どうやって自身を自由にしたのかを、ディーナは実際に目の当たりにすることとなった。
 もっとも、あの時はまだ小さな子どもだったから、今よりもずっと大変だったろうけれど。
 開放されても、すっかり強ばった手足を満足に動かせず、媚薬に顔を火照らせて胸を喘がせていると、リアンの表情に焦りが増した。

「遅くなってごめん!」

「そ、そんな……それより、怪我して……」

 リアンは額の端にも大きな裂傷を負っていた。前髪を伝って落ちた水滴が、ディーナの服に薄赤い模様をつくる。
 震える腕を必死で伸ばそうとした時、リアンの背後で揺らいだ影に、ディーナは悲鳴をあげた。

「リアン……っ」

 混乱した一瞬で、グラートがいつのまにか姿を消していたことにさえも気づかなかった。
 己の存在そのものを瞬時に掻き消していた青年は、リアンの首筋めがけて細いナイフを振り降ろした……が、

「お前、気配の消し方は完璧だけど、惜しかったな。匂いまでは消せねーよ」

 振り向きもせずにその手首を掴んで留めると、リアンはそのまま腕を一振りした。グラートの身体は壁に叩きつけられ、ぶつかる音と砕けて潰れる音が入り混じる。
 陽炎のように己の存在を消すのが得意だった青年は、へこんでヒビの入った壁に、己の通った真っ赤な痕跡を残しながら、ズリズリと床へ崩れこんでいく。
 即死しなかったのは奇跡だろう。
 頭からいく筋もの血を流したグラートは、ぼんやりと眼を彷徨わせていたが、ディーナと視線があうと、薄い色の瞳にわずかな光が戻った。

「ハハ……やっぱ、り……荒事……には、向かない……。君を……諦めて……逃げる、べき……だった、よ……でも…………」

 口元から大量の血を溢れさせながら、彼は少し困ったように微笑んだ。

「なんで、かな……こっちの、方が……良い……」

 それきり、彼の口も身体も動かなくなった。姿を眩ませることもなく、きちんとその場に躯を残したまま。
 リアンは口を引き結んでそれを睨んでいたが、ディーナへ振り向くと、大きく息を吐いた。

「俺の怪我は大したことない。体力さえあれば、人狼の身体はすぐ治るんだ。……ま、カミルにこれを造ってもらわなかったら、来る前に死んでただろうけど」


ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 97 ディーナの旦那さま 99 ディーナの旦那さまの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前