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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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影の男-2

 唇を震わせるディーナに、グラートは口角をさらに高くあげた。

「本心は違っても、この場しのぎの嘘を吐いて楽になれば良いのに……君は本当に嘘がつけなくて、いつも真面目だね」

「……?」

 まるで、以前から自分を知っているような口ぶりに、ディーナがいぶかしげな表情を浮かべると、グラートはにこやかに己を指差した。

「子どもの頃、酒びたりの親からいつも逃げ隠れていたせいかな。いつのまにか、極端に存在感を薄く出来るようになっていたんだ。君だって街にくるたびに、しょっちゅう俺が傍にいたのを、二年間も全く気づかなかっただろう?」

「え……」

「二年前、ナザリオさんの前任だった元締めが、バロッコ夫妻が急に大金を手に入れたのに興味を持ってね。俺に金の出所を調べさせたんだ。それで、カミルに売られた君の事を知った」

 意外な言葉に、ディーナは驚愕に眼を見開いた。
 複数の噂が飛び交っていた中、そんなに前から、真相をいち早く知っていた者がいたなんて……。

「前任はそこで興味を失くしたけど、俺はすごくそそられたよ。カミルは他種族と上手くやっているようでも、一人で山に引き篭もって傲慢に客を選ぶ、所詮は吸血鬼だ。それが高値で買い取って自分の家に住まわせるなんて、一体どんな子だろうってね」

 そう語るグラートの声音は、柔らかく穏やかなままだったが、ディーナを見つめるその眼は、妙に熱気を帯びはじめていた。

「よく観察すれば、生活パターンや行動範囲はすぐに特定出来る。俺は仕事柄、情報集めで市場にもよく行くし、君が山から降りて来そうな日はいつも待っていた。肉屋やパン屋でも、俺はよく君の傍にいたんだよ?」

 もちろん、こんな目立つ格好はしてなかったけど、とグラートはかっちりした黒い上着を摘んで笑ったが、ディーナは笑う気になれなかった。
 知らない間に、影のように付きまとわれて自分の行動を見張られていたという薄気味悪さに、ゾワゾワと全身の産毛が逆立つ。
 肌を粟立たせるディーナに対し、グラートはいたって楽しそうに話し続ける。

「そうそう。俺は一度だけ、君に声をかけたこともあったのに」

 唐突に言われ、ディーナは更に眼を見開いた。
 しかし、必死に記憶を辿っても、どうしても今日より前に彼と会話した覚えなどない。

「いつ……?」

「覚えていないかな? 君が果物さんの店先で、娼婦のイデアとおしゃべりをしていた時だよ」

 仲の良い娼婦の名まで告げられてはもう、グラートの話が嘘や誇張でないのは明らかだった。

「旦那さまはどんな人かと彼女に聞かれた君は、すごく幸せそうにカミルのことを話し始めた。無愛想だけど良い人だとか、仕事にすごく真剣だとか、この可愛い口で褒めまくっていたね」

 唇をすいとなぞられ、薬で過敏になっていた身体はそれだけで快楽に打ち震える。

「ぁんっ」

 思わず声をあげてしまうと、グラートがにんまりと笑った。

「想像していたより、ずっといやらしくて可愛い声だ。もっと鳴かせたくて仕方ないよ。頼むから早く、俺を愛してると言ってくれないかな?」

 ゾッとするような言葉に、ディーナは唇が切れそうなほど噛み締めて、身を強ばらせた。
 あの時の会話なら覚えている。

 何かと客から噂話を聞く機会の多いイデアは、変わり者で偏屈な吸血鬼が、山奥に一人で住んでいることも聞いていた。
 ただ、他とは必要最小限しか関わらず、血液を買ってまで人を襲わないなら、娼館の客にもならないだろうと、興味も持たなかったそうだ。
 ところがある日、ディーナの『旦那さま』がその吸血鬼と知り、とても驚いていた。

『吸血鬼なだけであんまりいい印象はないし、偏屈って噂だけど。あんたの口ぶりだと、凄く良い人みたいに聞こえるわ。実際はどんな人なの?』

 そう聞かれて、カミルの事を夢中で話してしまった。
 吸血鬼というだけで、彼を偏見の眼で見られるのは耐え難い。カミルは欠点もあるけれど、充分過ぎるほど素敵だと知って欲しかった。

 もっともイデアは、ディーナの様子から、そういう答えを半ば確信したからこそ、尋ねたのかもしれなかった。彼女と和やかに会話するためだけに金を支払う老客もいるほど、とても気遣いのできる子なのだ。

 過去の記憶を手繰るディーナから手を離し、グラートは楽しそうに喉を鳴らした。

「君がどれほど彼を愛しているか、あれでよく解ったよ。しまいにはイデアからも、まるで恋人のノロケ話を聞かされているみたいだって言われて、君は真っ赤になっていたじゃないか」

 恥ずかしい思い出までも蘇らされ、ディーナは両腕を自由にして顔を覆いたいと、心底から思った。
 そして、次の瞬間。


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