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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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末路-5

 とにかくこの状況をなんとか打破しなくてはと、ナザリオは必死に考えを巡らせ……荒い呼吸を繰り返しながら、ニヤリと口元を歪ませた。

 考えてみれば簡単だった。
 こいつの怒りの矛先を、俺から他に逸らせばいい。

「ハハハッ……馬鹿な奴だ。てめぇが必死に取り返そうとしてる小娘は、自分から望んで逃げちまったってのによッ!」

「……俺から?」

「ああ、そうだ。俺が攫わせたのは確かだが、問題はその後さ。てめぇ、夜猫やうちのことを隠しながら、善人ぶって優しくしてたそうじゃねぇか」

 恐怖に舌も縮こまりかけていたが、突破口を見いだせば、驚くほど滑らかに動く。
 そうだ。俺の最大の武器はこの口だ。
 金に困った連中から、甘言で言いくるめて女子どもを買い取り、そいつらをまた言いくるめて酷使する。
 そうやって、溝からここまでのし上がってきた。

「自分は騙されていたと、てめぇを軽蔑して大泣きしてたぜ。嘘つきな偽善者のおかげで、おっかねぇ裏社会に巻き込まれたと! 可愛そうになぁ!!」

 引きつったような笑い声を絞り出しつつ、ナザリオは気絶したままビクビクと痙攣しているアラクネを指差した。

「ま、アレがてめぇの本性だもんな。あの小娘は、お前の方がバロッコよりマシだと懐いてたようだが、冷静になれば所詮、恥知らずで鬼畜な吸血鬼だったと、心当たりが幾らでもあったんだろうよ! どんなに厚遇されようと、二度と関わりたくねぇとさ!」

 危険を覚悟しての挑発だったが、カミルは激昂することもなく、ナザリオを睨みつけたまま沈黙している。
 その反応に、上手く行ったとナザリオは内心でほくそ笑んだ。

「口添えには使えねぇんじゃ、俺にとってアイツはまるで価値が無いからな。そのまま離してやった。俺の部下なんか、えらく同情して旅費までやってたから、今頃はどこかの馬車にでも乗ってるんじゃねぇか? てめぇが探したいなら、手を貸してもいいが……」

「黙れ」

 冷たい声音と共に、空を斬る音がした。

 目の前に赤がいっぱいに広がり、気づけばナザリオは地面に転がって、斬りおとされた左腕を押さえながら、激痛にのたうちまわっていた。
 肘から先の自分の手が、まるで人形の部品か何かのように、傍らに転がっている。

「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 信じられないほどの痛みに視界が眩み、声を限りに叫んでいると、武具師に頭を踏みつけられた。固い地面に押し付けられた頭が痛み、ざらついた砂が目や口に飛び込む。

「うううう!! ぐぐっ!!」

「嘘だな」

 冷ややかな声が、ナザリオの虚言を一刀に斬り捨てる。

「俺が軽蔑されるのは当然だが、それならお前のような奴は、余計にディーナを逃がすわけはない。むしろ、嬉々としてここに連れてくるはずだ。そうすれば俺の怒りをアイツへ逸らせる上に、味方面をして引き込めると見込んでな」

 踏みつけられている自分の頭の中身を、見事に割られてぶっかけられた気がした。
 もし、小間使いが本当に武具師を軽蔑して罵ろうものなら、間違いなくそうしていた。

 斬られた腕と、頭を踏みつけられる痛みで、反論することもできないナザリオの頭上に、さらに皮肉な笑い声が降ってきた。

「身勝手で、傲慢で、恥知らず……くくっ、お前のような性格の連中とは、たっぷり付き合ってきたんだ。本当に、解りやすいな」

 ナザリオの頭へ乗せられた足に、力が込められた。頭蓋がメリメリと軋む音がし、目玉が飛び出しそうになる

「つまりお前は自分のために、ディーナをどうしても俺の元に連れて来れなかった。信じられないことに……あいつが…………」

 容赦なく足に力を込めながら、武具師が低く呟いた。

「……どれだけ脅しても、抵抗したからだろう?」


 ―― グシャリと、その足元で頭蓋の潰れる音がした。


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