投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 88 ディーナの旦那さま 90 ディーナの旦那さまの最後へ

末路-2

***

 ―― 半刻後。
 ナザリオは屈強な護衛を数人引き連れて、街から少し離れた廃屋を訪れていた。

 元は、とある貴族の館だったが、様々な不幸や陰惨な事件が重なった末、もう随分と昔に一族は絶えてしまったらしい。

 広く立派な館も、今では壁や屋根を突き抜けた鉱石木にすっかり絡めとられて見る影もない。
 曲がりくねった硬く太い枝は、壁を粉砕し、屋根を突き抜け、へし折った柱の代わりにかろうじて天井を支えている。雑草だらけになった広い庭園では、大理石の彫像や壊れた園丁小屋が、高く伸びて絡み合った枝の上に引っ掛かっていた。

 これが、鉱石木に支配された建物の末路だった。

 いつ倒壊するか解らぬ危険のうえに、恐ろしい幽霊が出るらしいとか、度胸試しに行った若者が帰ってこなかったとか、数多の噂が飛び交い、今では所有者も曖昧なまま放置されている。

 ナザリオがカミルに指定した呼び出し場所は、街の大通りにあるアルジェント貿易の正式な看板を掲げた店や、本拠点である娼館ではなく、この廃屋だった。
 遠くにかすかな祭りの喧騒を聞きながら、月光の中にたたずむ廃屋を見上げ、相変わらず気分の悪い場所だとナザリオは思った。

 人が近づかない場所は、悪事に手を染める者にとってはむしろ好都合な場所だと、そんなのは承知している。
 だから、この廃屋が本当はアルジェント貿易の持ち物で、拷問監禁などの用途に使用されていることや、幽霊の噂は人を寄せ付けないためと聞かされても驚かなかった。

 それでも、曲がりくねった枝の陰が、月光の中で黒い巨大な手のようにこちらへ伸びている姿は、どうしようもなく不気味だ。
 周囲にいる護衛たちには、そんな風にざわつく内心を微塵も悟られぬよう、ナザリオは腹に力を入れなおして平然を保つ。こういう家業で部下になめられたら終りだ。

 武具師に指定した時刻は、とうに過ぎていた。広場の踊りは始まったどころか、もう佳境に入っているだろう。
 手紙を受け取ってすぐに向わなければ間に合わぬほど、早い時間を提示するよう考えたのは、何かと役立つ補佐役グラートだ。

 武具師がすんなりと専属契約を飲むつもりがない場合、下手に時間を与えれば、何か対抗策を打ってくる可能性が高い。
 かぎりなく中立を保っていようと、夜猫に片手は置いているのだから、契約を拒否して自分の小間使いだけを取り返そうと、連中に加勢を頼むかもしれない。
 ディーナに話を持ちかける間、武具師はここで足止めをしておくべきだとグラートは言い、その妙案をナザリオはすぐに採用した。

 見張りの部下からは、予定通りに武具師は手紙を受け取ってここへ直行したと連絡が入っているし、油断して祭りに来た最中では、大した武装もしていないだろう。
 手紙に同封して返した守り石も、鉱石を傷める特殊な薬液に一度浸したから、すぐに壊れてしまうはずだ。

 誘拐に一役買った女は、育ての親に習ったというスリも大得意だが、本職はアルジェントに組する薬師だ。娼館で使う媚薬から、暗殺用の毒薬に、遺跡の動植物を使ったこのような魔法薬までも調合できる。

 ただ、武具師と一緒にいたサンドラと、若い青年の方は、武具師と別れた後ですぐ見失ってしまったと、面目なさそうに報告は締め切られた。
 報告によれば、その青年は探索者らしく見えても、どうもカタギではなさそうな上に、武具師と同じくディーナへ大層執着しているようだ。
 サンドラも武具師とは古い付き合いのようだから、何か邪魔をしてくるかもしれない。

 だが、特にナザリオは心配を覚えていなかった。
 相手は、たかが吸血鬼の武具師に、医学の心得がある程度のアラクネと、青二才の若造。
 こちらの部下には、傭兵あがりの人狼やリザードマンに、殺戮を生き甲斐にしているようなアラクネもいる。それらに加え、人間であっても決して魔物にひけを取らぬ猛者たちを十数人。この廃屋と本拠地である娼館の警備へ、上手く配置してあるのだ。
 武具師はこの廃屋で、もう随分と待たされているはずだが、身動き一つさせぬよう見張れと指示してある。

「行くぞ」

 護衛たちへ短く声をかけ、ナザリオは廃屋の門をくぐった。
 この屋敷を覆う鉱石木からは、とうに発光鉱石は採りつくされている。
 残された石のごとき枝だけでは、美しい鉱石の光を発することもなく、月光の中で鉱石木は、縦横に曲がりくねって延びている己の影を、檻のような形に落としていた。

 ナザリオを中心にして護衛たちは、影でできた檻の中に足を踏み入れる。
 戦場のような武装とまではいかないが、それぞれ手に剣や得意の武器を持ち、前後の端を歩く者は、小さな鉱石のランタンで道を照らしていた。全員が人間ではあるものの、いずれも荒事には慣れている屈強な男たちだ。

 ナザリオも柄に宝石飾りをあしらった剣を腰に下げているが、できればこれを使うような事体にはなりたくないものだと密かに思った。
 自身の有利を確信しているはずなのに、なぜかさっきから鳥肌が収まらず、嫌な汗が脇や背中を冷たく濡らす。


ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 88 ディーナの旦那さま 90 ディーナの旦那さまの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前