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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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悪魔-3

 夫人はディーナをしばらく睨んだ後、細かな刺繍入りの上着やふんわりと広がっているスカートに視線を移し、大げさな溜め息をついた。

「まったく酷い子だ。恩人のあたしたちが困っているのを知りながら、面倒を嫌がって逃げ回るなんて。おかげで、うちの人は殺されたっていうのに、悲しむどころか大喜びで着飾って、祭りを楽しんでいたんだね」

「……?」

 殺された、とはっきり言い切った夫人の言葉に、ディーナはかすかに目を見開いた。
 バロッコ夫妻が借金取りに捕まったとリアンから聞いた時も、その後で彼らはどうなるのかまでは知らなかったし、改めて尋ねる気にもなれなかった。
 ただ、返済のために、どこかで働かされるのだろうかと、おぼろげに考えたくらいだ。だって自分は、両親の借金を返せと、そうやって夫妻の農場で酷使されたのだから。

 だから、先ほど聞いたバロッコの処刑というのも、せいぜい鞭打ちなどと思っていた。
 鞭打ちだって、本式の刑罰では死ぬこともあるらしいけれど、死んだり大怪我をしない程度にディーナを鞭で打ち、苦痛を与えるのが誰よりも上手かったのは、それこそ目の前にいるバロッコ夫人だ。
 それに、夫人はこうして現に生きているのだし、ナザリオたちの物騒な発言も、ヤクザもの特有の脅しや、死ぬほど働かせるという比喩だと思いこんでいたのだ。

「なんだい、その顔は。まさかアンタ、うちの人が受けたのは軽い鞭打ち程度だなんて、呑気に構えてたんじゃないだろうね!?」

 そう詰め寄られてとっさに返答ができず、沈黙はそのまま肯定になってしまった。

「呆れたね! あの人がどんな殺され方をしたか、教えてやろう」

 バロッコ夫人が皺だらけの口元で語った、壮絶な苦痛を伴う処刑の様子に、ディーナは蒼白となった。
 真面目に働く道さえ残されず、残虐な観客を喜ばせる見世物となって殺されるなど、想像もしなかった行為と、そこに含まれる悪意に吐き気がこみ上げる。
 逆流しそうになる胃液を懸命に堪えていると、夫人が唐突に声を和らげて、奇妙な猫なで声を出した。

「ほら、お前だってつまらない意固地を張り続けて、同じ目に会いたくはないだろう? あたし達の債務には、お前も責任があるんだよ。なにせお前は、れっきとしたあたしの養女なんだからね」

「そ……ん、な……」

 殴られないと解っているからか、それとも余りにも理不尽な言い分だったせいだろうか。恐怖に抑えこまれつつも、引きつった声を一言だけ発せられた。
 しかし、か細い声は夫人の耳にも届かなかったらしい。

「まだ若いお前なら、その前にたっぷり男たちの慰み者にされるだろうねぇ。殺してもいい女を、好きなだけ甚振りながら犯すのに、金を惜しまない男も多いんだよ。そうなってからじゃ遅いとは思わないかい?」

 ひび割れた唇をニタリと歪ませて、夫人は猫なで声を続ける。

「あの吸血鬼は、お前を一目で気に入り、信じられない高値で買い取ったじゃないか。二年間も大切に可愛がられ続けているんだろう? 命がかかっているとお前が泣きつけば、きっと言う事を聞くはずさ。そうすれば、あたしもお前も安泰なんだよ。だから、さっさと……!!」 

 夫人は苛立たしげな表情で一瞬声を荒げたが、慌ててまたひきつった作り笑いを浮かべた。

「ねぇ、ディーナ。二年前は悪かったと思っているよ。でも、あの時は仕方なかったと、お前だって知っているだろう? 結果的にお前は幸せな暮らしを得られたんだし……それに、あたしがお前を厳しく育てたのは、死んだお前の母さんに、そう頼まれたからなんだよ」

 思わぬ言葉に、ディーナは全身が震えるのを感じた。

「おかあさんが……?」

 掠れた声を絞り出すと、夫人はここぞとばかりに深く頷く。

「あの子は、清貧が一番と思っていたからね。子どものいないあたしが、お前を甘やかして我が侭娘にしちまうんじゃないかと心配したんだ。それで一切の情けはかけず、借金返済もきっちり自分の労働でさせるよう、厳しく躾けてくれと頼まれたのさ」

「…………」

 再び黙って顔を強張らせたディーナへ、夫人はなおも畳み掛けるように言葉を続ける。

「あたしだって本当は、お前を可愛がりたかったんだよ。覚えているかい? お母さんのお見舞いに行くたびに、お前に菓子をあげただろう? あれだって、甘やかし過ぎると言われてね……」

(……嘘! 絶対に嘘!!)

 ディーナは心の中で叫びながら、膝の上で握りしめた拳を震わせた。
 優しかった本当の母が、娘へそんな扱いを頼むはずはない。
 それに、二人の過去に何があったのかは知らないが、母が死んだ時、確かに夫人は笑っていた。もっと苦しめば良かったと……!
 これで済ませはしないと言っていた意味が、今では理解できる。夫人は亡き後でも母を苦しめるために、ディーナを引き取ったのだ。

 毅然と言い返せこそしなかったが、悔し涙を滲ませて、ディーナは夫人を睨みつけた。こんなことは、長い年月のうちで一度も無かったことだ。

 その表情から、夫人は自分の嘘が通じなかったと悟ったのか。
 突然、猫なで声をひっこめて目を吊り上げた。

「なんだい、その目は! あたしは昔、お前を引き取ってすぐに売り飛ばすことも出来たんだよ! なのにあたしが慈悲をかけて、住む場所や食べ物を与え続けたおかげで、お前はこうして生きているんだ。その恩を忘れて、あたしを見殺しにする気かね!?」


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