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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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濃い上司と薄い部下-3

 ディーナが驚いて目を見張ると、ナザリオがもう一度息を吐いて肩をすくめた。

「そういう考え方もあるな。交渉しようって相手が、何にも知らないのは面倒だが」

「差しつかえなければ、俺が手短に事情を説明しますが?」

「おう、そうしてやれ」

 自分の頭越しに会話をしている男二人を、ディーナは全身に冷や汗を滲ませながら、視線だけを動かして交互に眺める。
 肩に置かれたままの青年の手が、やけに気持ち悪くて身を捩ったが、骨が浮いている青年の痩せた手は意外なほど力強く、しっかりと掴まれたまま外してもらえない。

 無理やりに連れてこられた自分が、守り石を取りあげられただけで拘束もされていない理由が、なんとなくわかった気がした。
 ディーナが多少暴れたところで、この男たちにとっては何の脅威にもならないのだ。それこそバロッコ夫妻が、農場の他に行く当てもないディーナを、鎖や縄で繋いだりしなかったように……。
 絶対の有利を確信しているからこその余裕だ。

「それじゃぁ、まずは……」

 黙って震えているディーナに、青年が話し掛けはじめた。静かな声で穏やかな口調なのに、耐え難いほどおぞましく不気味に思えるのは、その言葉が紡ぐ内容のせいだろうか。

 ――夜猫商会やアルジェント貿易のもつ、もう一つの裏の顔。カミルがこの地で討伐を免れていられる、本当の理由……これらはまだ良い。
 しかし、バロッコ夫人がディーナを餌に、カミルをナザリオ達の勢力に引き込めと唆しに来たと聞かされて、吐き気がこみ上げた。

 更に青年は、ディーナを攫う算段を練ったものの、肝心のディーナが急に市場へ来なくなって困ったと、まるで悪びれない苦笑交じりで告げてきたのだ。
 そして、ディーナの変わりにリアンがお使いにくるようになったのは、バロッコ夫妻に脅えているせいだと見越し、あえて目立つようにバロッコを処刑してみせたのだという。

「――で、見事に効果てき面だったわけだ。安心しきった君は、早々に祭りへのこのこ現れたんだからさ」

「……」

 ディーナは声も無く俯いた。
 予想もしなかった事体とはいえ、お祭りに浮かれ気分でいっぱいだったのは確だ。
 あからさまな脅威が去ったとはいえ、祭りでは不審者に用心するよう、家を出る前にカミルからも言われていた。サンドラの傍を、少しでも離れるべきではなかったのだ。情けなくて目端に涙が滲んでくる。

「あー、うん。攫われた事に関して、君は自分を責めなくてもいいよ。用心して日を置いたって、どっちにしても結果は同じだったから。誘拐手段はいくらでも考えてたしさ」

 無言で唇を震わせているディーナに、青年が宥めるような声音で、まるで慰めにならない言葉をかける。

「……いつまでムダ話するつもりだ」

 それまで黙っていたナザリオが、凄みの聞いた声で青年を遮った。そして、青ざめて震えているディーナをきつく睨みつける。

「こっちの用件は、十分に理解したな? 武具師にはすでに、こっちの専属となるよう条件を提示した手紙を送ったが、お前からも口添えをするなら、悪い扱いはしない」

「で、でも……そもそも私には、そんな権利……」

 うろたえながら、ディーナはしどろもどろに訴えた。
 カミルがとてもディーナに優しくしてくれるから、バロッコ夫妻やこの男たちも、ディーナが本気で愛されていると思い込んでいるのだろう。

 ……けれど、実際には違う。

 カミルはディーナを気に入ってはいるが、愛してはいないと言い切ったのだし、彼がどれほど自分の武具造りに誇りを持っているか、よく知っている。

 カミルが夜猫の専属にならなかったということは、組織の専属武具師という立場になりたくなかったのだろう。
 どこかに属し、優遇と安泰の代償に、命令されて武具を造るなど、それこそ彼にとって『自分を安売りする』耐え難い行為に違いない。
 彼が己の信念を、ディーナのために曲げるなんて有り得ないし、そうあっても欲しくなかった。


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