収穫祭-5
「……ここには来ていない」
カミルは答え、通り一面の人ごみを見渡した。
祭りではぐれるのは、大人でもよくある話だが、先日の件が脳裏にこびりついているせいか、嫌な予感にうなじの毛が逆立つ。
「近くに匂いもしないな」
リアンが鼻をヒクヒクさせて言い、サンドラがさらに顔を曇らせた。
「私はもう一度、水場の方を見てくるわ。一緒に来てくれる?」
彼女がそう頼んだのは、当然ながら鋭い嗅覚をもつリアンの方だ。
それなら自分は、サンドラが元にいた場所で待機していようと、カミルが言おうとした時、マントの裾が後ろからツンツンと引っ張られた。
「お兄さん? これ渡す、わたし、言われた」
振り向けば、あどけない声で外国訛りの拙い言葉を発しているのは、まだ十歳くらいの女の子だった。黒い巻き毛に褐色の肌色をして毛織物の服を着ている少女は、街から街に流れ歩いては行商をする流浪の民だろう。祭りは彼らにとっても、恰好の稼ぎ時なのだ。
「はい」
少女がマントの裾を引っ張りつつ、何かを包んだ紙包みを差し出す。
「俺に? 誰かと間違えてないか?」
心当たりのないカミルはそう言ったが、少女は頑固に首をふる。
「これ、お兄さんの。もってきた人、それ言った。渡せば、お駄賃くれるって。ちょうだい?」
どうやら引き下がる様子は微塵もないらしいので、カミルは顔をしかめつつ、突き出された小さな紙包みを受け取って開き……次の瞬間には、少女の襟首を掴んでいた。
「お前にこれを渡した奴はどこにいる!?」
紙に包まれていたのは、紛れもなくディーナが首に下げていた守り石。革紐は一箇所が、鋭利な刃物で切られたように、綺麗に切断されている。
「ひいぃっ!?」
「カミル! やめなさい!」
サンドラが慌てて、蒼白になった少女をカミルから奪い取った。そしてかがみこんで、柔らかな声で宥める。
「せっかく届けてくれたのに、ごめんなさいね。お駄賃もちゃんとあげるわ」
少女はサンドラから小銭を何枚か貰って大急ぎで逃げ去り、改めてクシャクシャの紙をよく眺めたカミルは、さらに渋面となった。
何も書かれていないように見えた紙だったが、ランタンの明かりに透かすと、そこに記された紋章と文字が浮かび上がって見える。
銀貨《アルジェント》を象った紋章の下に、男のものと思われる筆跡でこう記されていた。
『武具師・カルミユールエヴァートランス殿
我々は年間に金貨百枚の契約金にて、貴殿に専属契約を申し込む。広場の踊りが始まる時間までに下記の場所を訪れ、どうか良い返答を聞かせて欲しい。
――追伸―― 貴殿の小間使いは、こちらで丁重にもてなしている。快く受けて貰えれば、彼女にも相応の厚遇を約束しよう』