収穫祭-4
楽しそうにサンドラと屋台を見物しているディーナを眺めつつ、カミルは溜め息をついた。
ディーナは元々、サンドラに一度会っただけで非常に親しみを抱いていたし(主に胸の存在が大きいと睨んでいるが)女同士という気楽さもあるのだろう。
それに、板ばさみに困っていた所に、救いの手を差し伸べられたような状況だ。種族こそ違えど、まるで歳の離れた姉のように懐いている。
それでも時おり、ディーナはこちらへ遠慮がちな視線を向けてくるが、とりあえずカミルは何も言える立場ではない。
こうなったらさっさと決着をつけようと、リアンをジロリと睨んだ。リアンの方でも同じ事を考えていたらしく、ちょうど視線があってまた火花が散る。
しかし、両者とも街中で大っぴらに正体を明かすわけにはいかない種族であり、ここで騒ぎを起こすのも不味い。
思案するカミルに、リアンが夜店の列を親指で示した。
並んだ夜店には、輪投げ遊びや弓矢の的当てなど、小銭でゲームを楽しめる遊戯もあり、子どもも大人もはしゃいで参加していた。
「なぁ、曲がり角まで、この屋台の列にあるゲームを順にやって勝負するってのはどうだ? そんで、勝った数の多いほうがディーナを広場のダンスに誘える」
祭りに行かないカミルでも、収穫祭の最大イベントは、広場のやぐらを囲んでのダンスだというくらい知っている。
特に規約はないのだが、やぐらに火がついてからダンスが始まるまでの間に、男性から女性に申し込むのが暗黙の了解だ。
よく見れば通りのあちこちで、ダンスの相手をすでに見つけたカップルや、これから意中の相手に申し込もうとする男、そわそわと誰かを探しているらしい女などがチラホラ見える。
「いいだろう」
カミルはニヤリと笑い、最初の店に向った。
水を張った桶の中に木の実を浮かべ、それを枠に張った薄紙を破かないように掬い取るゲームだ。
チラリとディーナを見ると、今度は綿飴を顔にベッタリつけて、目を白黒させていた。
おそらく、真っ白なふわふわ雲のつもりで勢いよく食いついたら、予想外にベトベトと萎んで驚いたのだろう。
その様子すら、可愛らしくて仕方なく見えるのだから不思議だし、その視線を早く自分に向けさせたいと思ってしまうのだから、我ながら相当に重症だ。
こうなったらリアンにもサンドラにも珍しい菓子にも負けるまいと固く決意し、店主に小銭を渡して枠と入れ物を受け取った。
―― そして。
「フン、目隠しでもしてやったほうが良かったか? 簡単すぎる」
瞬く間にカミルは入れ物に木の実を山盛りにし、顎が外れそうになっている店主に、まったく破れていない枠を返した。器用な吸血鬼にとって、この程度は造作もないことだ。
「チクショウっ……次は負けねぇ!」
一個掬っただけでふやけた紙を破いてしまったリアンは、悔しそうに次の屋台を示す。
次は筋肉隆々の男との腕相撲勝負だったが、二人とも軽々と勝ってしまったので、台だけを借りて再勝負をし―― 馬鹿力の人狼に、やはり吸血鬼の腕力では勝てないと判明した。
輪投げは両者とも最高得点で引き分け。
「さっさと次に行くぞ」
「解ってるよ!」
後ろで歓声をあげていた子どもたちに、二人は取った景品を適当に渡し、弓矢の屋台へと向かう。
サンドラの焦ったような声が聞こえたのは、その時だった。
「ちょっと、あんた達! ディーナはこっちに来てない!?」
弾かれたように二人は振り向き、額に汗を滲ませたサンドラに、カミルは思わず詰め寄った。
「どういう事だ?」
「それが……」
綿飴屋台の近くで、サンドラがちょうど知り合いに出くわして挨拶をしている間に、ディーナはベタベタになった顔と手を洗いたいと、近くにある公共の水場へ行ったのだが、それきりちっとも戻って来ないという。
水場にも姿はなかったし、この賑わいでサンドラの待っている屋台の場所を見失ったのかも知れない。
そこで、カミルとリアンが遊戯用の屋台をやたらに賑わせているから、もしかしたらこっちに行ったのかもと、探しに来たそうだ。