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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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収穫祭-3

 ―― どうしてこうなった。

 カミルは胡乱な表情で、串に刺した魚の塩焼きを大きく食い千切った。
 なぜ今、自分の隣にいるのが、ディーナではなくリアンなのか。
 不服顔で猪肉の串焼きに喰らいついているヤツの方でも、自分とまったく同じ心境だろう。
 二人の視線の先には、こんがりと香ばしく揚げたドーナツを手に、仲良くはしゃいでいるディーナとサンドラの姿があった。

「これ、初めて食べました。すごく美味しいです!」

 透明なシロップをかけてシナモンを散らしたドーナツを一口齧り、ディーナが頬を弛ませる。
 行列ができていたドーナツ屋台では、何種類かのシロップとトッピングから、好みのものを組み合わせられるらしい。

 シナモンやココアに苺シロップといった基本的なものから、レモンに似た爽やかな風味がするロメリスの葉を煮たシロップ、遺跡に生える逆さ林檎のジャム、細かく砕いたツバルーの実など、なかなか珍しい甘味が揃い、女性客に人気が出るのも頷ける。

「ロメリスで作ったシロップなんて、私も初めて見たわ。こっちも美味しいわよ。一口食べてみる?」

 サンドラが、逆さ林檎のジャムにココアパウダーを組み合わせた自分のドーナツを差し出す。

「良いんですか!? じゃぁ、こっちも……」

 美味しい〜、と幸せそうに言いながら、女二人は互いのドーナツを味見しあう。

「なにあれ、すげぇ羨ましいっ! 俺も今だけ女になりたい!」

 涙声で呻くリアンを、カミルは横目で眺めつつ、それを素直に口に出来るお前の度胸がちょっと羨ましいと、不覚にも思ってしまった。
 だからといって、単に誰かと食い物の味見交換をしたいわけではない。
 もしリアンが笑顔で串焼き肉を寄越したりしたら、そのままヤツの脳天に串を突き刺してやるし、向こうもそうだろう。

 腹立ち紛れにムシャムシャと魚の残りを咀嚼し、残った木串を屋台脇のゴミ箱に放り込む。
 ほぼ同時にリアンも空になった串を放り込み、なぜお前といちいち行動が被るんだと、互いに無言のまま視線の火花を散らす。

 どうしてこうなった……と、もう一度カミルは自問した。
 収穫祭に来たのはディーナのためだし、ここ数日の気まずさを払拭する目的もある。
 しかし、祭りの夜に二人で出かけるなどという、この美味しい状況。
 あわよくば、少しくらい良い雰囲気に……と期待してしまうのは、ごく自然ではなかろうか。
 吸血鬼が愛を理解できるかできないかは別として、これだけははっきりと断言できる。

 俺はディーナと二人っきりになり、アイツの楽しむ様子を存分に独り占めしたい!!

 しかしこの状況は、紛れもなくカミルとリアンの自業自得だった。
 先ほど、サンドラと遭遇した直後。あくまでディーナとの同行を言い張るリアンと、それを許す気は微塵もないカミルが言い合いをしている隙に、サンドラがさっさとディーナを連れて夜店を回り始めてしまったのだ。

『気が聞かない男は、これだから。お祭りの夜は短いのに、あんた達がくだらない争いをしている間、ディーナからせっかくの楽しみをとりあげる気?』

 慌てて追いかけてきた男二人に、サンドラは呆れたようなため息をついて見せ、ついでに冷ややかな一瞥をくれた。

『どっちでも良いけど、決着ついたら迎えに来なさい。それまで私がディーナの案内役をするわ』

 そう言ったサンドラは、リアンが人狼なのにも気づいているのだろう。
 アラクネは額の左右に二つずつ、丸い黒曜石を埋め込んだような感覚器官を持ち、普通の視界では見えない部分まで見えるそうだ。

 ともかく、彼女の的確な指摘に反論の余地はなく、カミルたちは呻いて引き下がるしかなかった。
 ディーナはせっかく念願のお祭りに来られたというのに、言い争いをしている二人に挟まれながらでは、楽しめるものも楽しめなくなる。

 そしてサンドラは困惑顔のディーナにも、どうせ自分は一人だったから男たちの決着がつくまで一緒に過ごしてくれると嬉しいなどと、上手く言いくるめてしまった。

 助手のルカが見えないと思ったら、どうやら神殿の手伝い中らしい。
 あの少年がいた孤児院は神殿の寄付で成り立っていたから、義理堅い少年は孤児院を出た今でも、こういう時などは手伝いに行くそうだ。


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