投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 73 ディーナの旦那さま 75 ディーナの旦那さまの最後へ

心臓の奥-4


 ――そして陽が沈む頃。
 麓に見える街の一角が、不意に赤々と輝いた。

 収穫祭の始まりは、正午から夕暮れまでかけて行われる、神殿での厳粛な儀式だ。
 豊饒の神に提げる祈祷や祈り歌、巫女姫たちの舞などが続き、最後に日没と共に、神殿前の広場に組まれたやぐらへ聖火の松明が投じられる。
 この盛大な灯りが、賑やかな祝宴を開始する合図であり、街中に歓声のあがる瞬間であった。麓が明るくなったのは、やぐらに火が放たれたのだろう。

 黒いフードつきのマントを羽織り、カミルが出かける支度を終えたと同時に、洗面所の扉が開いた。
 淡いクリーム色の可愛らしいワンピースに着替えたディーナに、カミルはしばし言葉を失う。
 ふんわりしたスカートは、薄く柔らかな布を何枚も重ねたもので、揃いの上着には栗色の絹糸で美しい刺繍が施されている。繊細なレースが品よくあしらわれた胸元を、守り石のネックレスが更に美しく飾っていた。
 二本のおさげにしている赤い髪にも、服と同じ生地で作られたリボンを付けている。

「……変、ですか?」

 無言で眺めているカミルに、ディーナの表情が不安げに曇る。

「いや…………似合っている」

 思いっきりニヤける寸前で、とっさにそれだけ言えた。

「本当ですか!?」

 パッとディーナの表情が明るくなり、頬が淡いピンク色に染まる。
 その愛くるしい姿に、こっちまで赤くなってしまいそうで、カミルは慌てて顔を背けた。

 二年前。着替えの一つも持っていなかったディーナに、カミルは街への道や馴染みの店などを教えに行った時、ついでに普段着などを一そろい買い与えた。
 その時に思い知ったが、ディーナは好きな服を選べと言われても値段ばかり気にしてしまい、カミルの美的感覚からすれば、到底受け入れられない物を選んでくるのだ。

 ―― 却下。なんだ、そのからし色に毒々しい赤のフリルつきブラウスは。さてはお前が見ているのは、お買い得九割引きの札だけだな。

 ……と言ったような会話を何度かした末に、結局はカミルが全部選びなおした。
 それ以来、さすがに下着だけは自分で買って来いと突き放しているものの、カミルは時おり、ディーナに似合いそうな服を見つけると買うようになっていた。

 先月に、たまたま見かけたこの服は、一目で気に入ったものの、それこそ祭りの晴れ着用だとは承知していた。
 思えば商店のウィンドゥにやたらと華やかな晴れ着が並んでいたのは、収穫祭が近かったからだろう。
 着る機会が無さそうだと悩んだものの、もしかしたら必要になるかもしれんと、自分に言い訳しながら、結局買ってしまったのだ。……家の中で、ちょっと着せて楽しんだって良いとも思った。

 まさか本当に、この晴れ着が早々と役立つとは……と、内心で思いつつ、カミルはディーナと外に出て家の鍵をしめた。
 考えてみれば、ディーナと夜に外出をするのも、これが初めてになる。
 外灯もない山奥で夜の道を照らすのは、木々の合間から見える月星だけだ。

 しかし今夜はよく晴れて、夜空には秋の大きな丸い月が耀いている。
 カミルにとって暗さは何の不自由もないし、これならディーナも十分に歩けるだろう。
 承知していたが、カミルはディーナに片手を差し出した。
 
―― 柄にもなく緊張していたし……脅えてもいた。昨夜も彼女を傷つけたこの手を向けられて、ディーナの顔に嫌悪や困惑が浮かぶのではないかと。

「行くぞ」

 愛想もなくそう言って突き出された手を、ディーナは目を見開いて見つめ、瞬時にとても嬉しそうな笑みを顔中に広げた。

「はい、旦那さま!」

 小さな温かい手が、カミルの手をぎゅっと握りしめる。
 繋いでいるのは手なのに、なぜか心臓の奥が、じんわりと暖かくなったような気がした。
 しかし、考えすぎてまた不穏な感情に揺さぶられるのは御免だから、カミルはそれ以上、心臓の奥底を覗き込まないことにした。

 ―― とにかく今、ディーナはカミルの手を、嬉しそうに握っている。それが自分も、とても嬉しい。


ディーナの旦那さまの最初へ ディーナの旦那さま 73 ディーナの旦那さま 75 ディーナの旦那さまの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前