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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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心臓の奥-2


 ディーナはとても生真面目だし、基本的に嘘がつけない性格だ。
 自分が武具製作にかかりきりとなる間、彼女の安全を重視するならば、ここで昼間だけリアンに護衛をさせるのが一番だと解っていたものの、やはり他の男……しかも、ディーナへの並みならぬ愛を堂々と公言する輩と二人きりで過ごさせるのは、非常に不愉快だった。

 それでもなんとか我慢できたのは、しっかりと釘をさしておけば、ディーナは約束を破るまいと信用していたし、そうすればリアンもそれを無理に破らせるようなことはしないはずだと思ったからだ。

 暗殺者であることをディーナに話したと、リアンから鍛冶場で武具を渡す際に聞いて、呆れると同時に、自分の判断が正しかったのを確信した。

 コイツはやはり、ディーナを心底愛して、彼女相手にはどこまでも馬鹿正直だ。
 生きる糧に他人の命を狩る暗殺者となっても。他の者を相手に、どれほど冷酷になれても。
 ディーナだけは身体も心も、決して傷つけはしないだろう。

 そして実際、二人きりで過ごしていた間にも、不穏なことはなかったようだ。
 もし何かあったら、カミルが鍛冶場からで出てきて視線を合わせた時に、ディーナはすぐ顔に出していたに違いない。

 ……もっともそれは、肉体的な接触がなかったというだけで、心のほうは別問題だったのだが。
 それを今、カミルはとことん思い知らされた気分だ。

「えっと……この間、リアンからお祭りの話を聞いて……それで、楽しそうだなって話しをしたんです……」

 消え入りそうな声とともに、気まずそうに視線を彷徨わせるディーナに、ひどい苛立ちを覚えた。

 ―― 行きたければ、なぜ俺に言わなかった。

 そう問い詰めたいのを、やっとの思いで堪える。恨みがましく、こう続けてしまうに違いないから。

 ―― お前を心から愛する相手になら、俺には一度も言えなかったことも、簡単に言えるんだな。

 ディーナが祭りに行きたいのなら、それを咎める気などなかった。
 もっとも、祭りには浮かれて羽目を外す輩も多いから、一人ではなく自分と一緒に行くようにと言い、必ず連れていっただろう。
 祭りに興味はないが、それを見て喜ぶディーナになら、大いに興味はあるのだ。

 苦い思いを噛み潰し、カミルはリアンを睨んだ。

「忠告してやる。口の軽い殺し屋が、長生きできた試しはないぞ」

「口に出すことの選別なら、これでもちゃんとしてるさ」

 不満そうにリアンは口を尖らせてカミルを睨み返した。

「大体、どこの使用人だって、普通は祭りの夜くらい休みを貰って遊びに行くんだぜ? 我慢ばっかしてないで、少しくらいやりたい事は言ったほうがいいぞ」

 セリフの後半はカミルではなく、ディーナに向けられていた。

「我慢ってわけじゃ……旦那さまは、よくしてくれるし……」

 思わぬ形で本心を暴露されたディーナは、すっかり動揺しているようだ。
 困惑しきった表情でオズオズと見上げられて、カミルは更に顔をしかめてしまった。リアンの方が本音で話しやすいと言われているようで、とても面白くない。

 しかし、改めて思えば、ディーナが自分の要望を口にして、カミルに何か強請るなど、滅多になかった。
 この二年間の記憶を、大急ぎで頭から引っ張り出す。
 
(く、何か……そうだ。あれがあったな)

 とても緊張した様子で、出来上がった武具を見せて欲しいと頼んできたのを思い出した。だから、今回は別として、それ以来は見せるようにしている。
 それと、いつだったか、物置から見つけた古いマントを貰ってもいいかと、やはり緊張した様子で尋ねてきた。

 雑巾にでもするつもりで忘れていたボロ布を、一体何に使うのかと思ったら、まだ傷んでない箇所を器用に切り抜いて、小さな猫のぬいぐるみを嬉しそうにせっせと作りだした。
 その様子が、なんだかあんまり可愛らしかったから、ついでだと鉱石を猫の目の形に加工して渡したら、こっちが驚くほど喜んでいたのを覚えている。

 あとは…………それだけだ。他には何も無い。全く、何も。

 僅かに眩暈を覚えて、カミルは床板を踏みしめた。
 ディーナのような境遇に育てば、自分の要望を極端に押し込めて何も言わなくなってしまうのは、ごく自然なことだ。
 カミルが以前の主人よりマシだと承知していても、染み付いてしまった隷属の習慣や、失われた自主性などが、急速に戻るはずもない。

 問題なのはむしろ、事情を知っていながら、なにも気を回せなかったカミルの方だろう。
 市場から帰ってきたディーナに、街では祭の準備が始まって賑やかだというような話を聞いても、そうかとただ聞き流すだけだった。

 ディーナは行きたいと言わないから、興味がないんだろうとなど、自分だけを基準にして、勝手に思い込んだりせずに……。
 一言で良いから、カミルの方から聞いてやれば良かったのだ。

 『祭りに行ってみたいか?』と。

 たった八日間の内に、リアンはそれを軽々と出来たのに……。

 ―― 所詮はやはり……。

 ドクン、と暗い欲求が内側で鎌首をもたげるのを感じた。
 昨夜も八日前も、ディーナを抱けば抱くほど、焦りと飢えが余計に酷くなっていく。

「……」

 カミルが無言のまま視線を向けると、ディーナの大きな瞳が目に見えて動揺し、さっと逸らされてしまった。

 ……苛々する。


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