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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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心臓の奥-1

 ―― 翌朝。

「帰れ」

 眉間の皴を深くしたカミルは、一言そう吐き棄てると、玄関の扉を勢いよく閉めようとした……が。

「おいおいっ! 俺はアンタじゃなくて、ディーナを収穫祭に誘ってるんだ!」

 リアンが外側の取っ手を全力で掴んだために、戸板は中途半端な位置で止まってしまった。
 頑丈な扉についた鉄の取っ手が、両側でそれぞれ悲鳴のような軋みをあげる。

「誰がそんな気色悪い誤解をするか。正しく理解したうえで追い払っている」

 全力で内側の取っ手を引っ張りつつ、カミルは険悪に唸った。
 カミルも吸血鬼にしては腕力の強い方とはいえ、馬鹿力の人狼相手には分が悪い。意に反して扉は少しずつ開いていく。

 もう約束の護衛期間は終ったのに、なぜか今朝も押しかけてきたリアンへ、何の用だとうっかり扉をあけてしまったのを心から後悔した。
 これ以上続ければ、間違いなく扉は壊れてしまうだろう。
 カミルは苛立たしげに息を吐き、パッと手を離した。

「うわっ!」

 反動で勢いよく開いた扉を、リアンが危うく顔面を強打する寸前で避けた。惜しい、とカミルは舌打ちをする。
 背後では、朝食の片づけ中だったディーナが、困惑顔で布巾を握り締めながら、二人を交互に眺めていた。

「……ってわけで、ディーナ! 安心して今夜、俺と収穫祭に行こう!」

 能天気な人狼小僧は、渋面で立ちふさがるカミルの肩越しにディーナへ呼びかける。


 ―― バロッコ夫妻が、ついに捕まった。

 今朝のリアンが、開口一番に告げた言葉は、これだった。
 昨夜、武具を持って麓の宿に帰った後で、この地を離れる前に災いの芽を摘むべく、バロッコ夫妻を探しまわったリアンは、夫妻が金貸しに捕まったことを知ったのだ。

 ディーナに聞こえないよう、その後の部分は声を潜めて告げられたが、少なくとも夫の方はすでに、闇通りの一角で処刑されたそうだ。
 リアンが行った時には、見世物じみた公開処刑はすでに終了しており、晒されていた死体は、かろうじて顔の判別がつく程度だったものの、確かに小路でディーナを連れ去ろうとした男のものだった。

 最初から見ていたという野次馬の話では、同じように借金を踏み倒して逃走していた者が、他にも何人か捕まったそうで、また後日に順々と『見世物』が行われる予定らしい。
 バロッコの妻も一緒に捕まっていたそうだから、近く夫と同じ運命を辿るだろう――と、いう事だった。

 それを聞いて、カミルが特に疑いもしなかったのは、鍛冶場に篭っている間に、サンドラから手紙が届いていたからだ。
 先日、診察室で彼女と話した際に、バロッコ夫妻についても話しており、何か解ったら連絡をくれと頼んでおいたのだ。

 手紙には流麗な筆跡で、夜猫商会に苦戦しているアルジェント貿易が、金貸し達から資金援助を請うために、彼らが手を焼いている債務者の捕獲や取立ての肩代わりを始めたと記されていた。

 彼女がそれを知ったのは、アルジェント貿易の元締めから使いが来て、高額の契約金で専属契約を結ばないかと申し込まれたからだという。
 その時に、見せしめの公開処刑で執行人となり、犠牲者をできるだけ長く生きたまま解体して欲しいと頼まれたらしい。
 当然ながら、彼女は使者の目の前で契約書を破り捨てて、すぐさま追いだしたそうだ。

 技量の問題ではない。サンドラであれば、相手を生かしたまま臓器の大半を抜き取ることだってできる。
 しかし、治療でどうしても必要ならいざ知らず、残虐な見世物に自分の技術を貶めるなど、彼女にとっては屈辱でしかないのだ。
 捕まった者の中には、どうやらバロッコ夫妻もいたようだが、悪いけれどこの件にはこれ以上かかわりたくないと、非常に憤慨した様子で手紙は締めくくられていた。

 リアンの話は、サンドラの手紙とピッタリ一致して、十分な裏づけとなる。
 そして、用事がそれを伝えるだけだったなら、カミルとて非常に機嫌よく礼の一つも言って扉を閉めただろう。

 ……しかし、ちゃっかりしている人狼小僧が、それで終らせるはずも無かった。
 これでもう、バロッコ夫妻の件は片付いたのだからと、今夜から街で開かれる収穫祭に、ディーナをいきなり誘い出したのだ。

「――リアン。もう一度言うぞ、帰れ」

 剣呑に睨むカミルをチラリと見て、リアンが肩をすくめる。

「だってディーナは、お祭りが未経験で、すごく行ってみたいらしいぞ。つまり、あんたは二年も一緒に暮らしたのに、一度も連れてってやらなかったんだろ? それなら俺と行っても良いじゃないか」

「っ! リアン!!」

 途端に、ディーナの顔が真っ赤になった。

「……収穫祭に行きたかったのか?」

 カミルは思わず振り返って、ディーナに問いかけた。
 かろうじて声と表情は変えなかったものの、ガツンと頭を強打されたような衝撃を受けていた。

 収穫祭なら去年も一昨年もあったし、街では新年祭など、他にもいくつかの祭りが開かれる。
 神殿での儀式は昼間に行われるが、屋台や演奏に踊りなど、街中が祭りに賑わうのは、やはり夜だ。
 つまり、カミルも祭りに行こうと思えば可能で、行かないのは単に興味がなかっただけだ。
 そしてディーナも、祭りに行きたいなどと一度も口にしなかったから、同じように興味がないのだとばかり思っていた。

「い、いえ……どうしてもってわけじゃ……ちょっと興味があっただけで……」

 耳まで赤くしながら、ディーナは必死で言い分けをしていたが、その様子からはリアンの言ったことが真実だとすぐにわかる。


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