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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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見えない心と錆びつく思考-2


 鍋をかき混ぜながら、ディーナは落胆しかけた自分を納得させようとする。
 カミルの丹精込めてつくる武具は、いつもその鮮烈な美しさでディーナをひきつけて止まない。
 できたてのそれを、今回は見せて貰えそうにないのは残念だが、もしもディーナが何かカミルの役に立てる部分があるとすれば、こうしてご飯を作るくらいだ。
 ならば、それを精一杯やるのが本筋だし……それに、もしかしたらリアンが暗殺者であることも関係するのかもしれないと思った。

 暗殺者という闇の職業は、ディーナには到底想像がつかないものの、過酷な部類に違いない。手持ちの武器なども、おいそれとは明かせないのではないだろうか。

(うん……旦那さまは、リアンが暗殺者ってことも、私には言わなかったしね。やっぱりその辺りは、あんまり聞くべきじゃないんだろうな)

 無責任な好奇心で覗き見するべきではないと、ディーナは結論づけて深く頷く。
 その間にも手は休めず、スープが温まると、次はベーコンを炒めて皿に盛りつけた。鉱石ビーズで冷やしている保冷棚から、サラダの鉢も取りだす。
 てきぱきと食事の支度を整えて、ディーナがエプロンを外した頃に、再びまた鍛冶場の扉が開いた。
 無愛想なしかめっ面のカミルと、ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべたリアン。対比的な二人が一緒に出てくる。

「凄いな、期待以上だ。親方達があんたの武具を薦めるわけだよ」

 素直な賞賛を述べるリアンに、カミルはあくまで素っ気なく頷く。

「そうか」

(……あれ?)

 そんな二人を見て、ディーナは内心で首をかしげた。
 いかにも探索者らしいリアンの装いは、厚手の上着と頑丈そうなブーツを身につけ、細身のロープ類などの基本的な探索用装備を腰に下げたものだ。
 危険な遺跡に入る探索者は、それに加えて剣や斧などの武器も携帯するのが普通だそうで、リアンもベルトに大型のナイフを下げている。

 しかし、鍛冶場から出てきた彼は手ぶらだったし、身につけているのも、相変わらず鞘に納まったナイフだけ。
 カミルはいつも製作した武具をどこかに届ける時、木箱や防水布で包んでいるが、そういったものはどこにも見えない。
 一瞬、不思議に思ってしまったが、カミルが扉を閉めた音で、ディーナは我に返った。

(余計なことは考えないのっ!)

 ともあれ、無事に品物は完成したのだから。
 同時にそれは、今日でリアンとお別れなのを意味していて、正直に言えば少し寂しい気もした。

 それから初めて三人で食事をとり、リアンは名残惜しそうに別れを告げてから、帰っていった。
 明るく陽気な人狼青年がいなくなると、急に家の中は静かになり、ディーナは台所の後片付けに取り掛かる。

 カミルがきっと疲れているだろうと、お風呂にも香りのいい薬草を入れて準備していたのだが、彼は水ならもう浴びたと言い、着替えだけ済ませてさっさと寝台に行ってしまった。
 鍛冶場の中には、小さな水場も備えられているそうだ。
 鈍色の短い髪がやけに濡れていると思ったら、そこで簡単に水を浴びたのだろう。

(旦那さま、大丈夫かなぁ)

 寝室の扉が閉まる音を聞きながら、ディーナは眉を下げた。
 もう随分と涼しくなってきたのに、冷水を浴びただけなんて。

(……というか、八日間も鍛冶場に篭りっぱなしの時点で、十分に辛すぎると思うけど)

 疲れきった様子を見て、つい心配になってしまうのだが、この辺りもディーナが口を出すべきでないのは重々承知だ。
 それに、ようやく鍛冶場を出てきたのに、カミルは食事を取っている間も、ディーナと殆ど視線を合わせようとしなかった。

 彼が無愛想なのは今に始まったことではないし、必要最低限しか喋らないのも普段どおりだが、なぜか避けられているような気がしてしまう。
 一緒に過ごすのは久しぶりなのと、リアンの人懐こさに慣れてしまったせいかもしれないけれど……。

(ひょっとして私……ちょっと旦那さまに、馴れ馴れしすぎちゃってたのかも……)

 八日前、カミルの様子がおかしかったことも思い出して、ディーナは布巾を握り締めた。
 カミルはディーナと身体を重ね、勿体無いと思うほど厚遇してくれる。
 まるで、この世にたった一つの大切な宝物のように言ってくれたことさえある。

 けれど吸血鬼たる彼は、自分で告げたように、ディーナを本当に愛したりはしないのだろう。
 彼の中で『気に入っている』と『愛している』が、どのように線引きされているのか、ディーナには判らないが、とにかくそれは違うようだ。


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