見えない心と錆びつく思考-1
午後になると、ディーナはリアンに付き添ってもらい、クルミや栗を拾いに行った。
秋晴れの中、色づいた木々の間をリアンとおしゃべりしながら歩き、フカフカした落ち葉の絨毯から競うように木の実を拾うのは、とても楽しかった。
美味しいキノコもたくさん見つけた。
―― リアンは、ディーナが見かけで思い込んでいたように、遺跡目当ての探索者ではないことも聞いた。
彼は最初、ディーナはもうカミルからそれを教えられていると思っていたらしく、何も知らなかったのを驚いたようだ。
『アイツ、気でもつかったつもりか? ……でも俺は、嘘をついたまま口説きたくない』
そう言って、暗殺者であることを告げられ、最初はさすがに戸惑った。
誰かを殺すなどという職業は、とても怖いと思う。
けれど、リアンのような人狼が、生き方の選択肢を多く選べなかったのも、容易に想像できるのだ。
……否、人狼だけではなく、人間だってそうだろう。
昔のディーナ自身にしても、バロッコ夫妻の元で生きていくしか選べなかった。他の使用人たちも、色んなしがらみに縛られながら、あの小さな村で精一杯生きていた。
だから、暗殺者なのを理由に、リアンを嫌う気にはなれなかった。
夕食を食べ終えると、リアンは麓の宿に帰り、翌朝にまたやってきた。
そしてディーナと日中を過ごして、また帰っていく。
おかげでバロッコ夫妻の影に脅えることもなく、ディーナは平穏な日々を送れていた。
リアンは優しくてとても頼りになったし、彼が旅をしてきた色々な地方の話を聞くのも楽しい。
時々、ディーナの何気ない仕草でいきなり鼻血を噴くなど、妙な部分はあるけれど。
とにかく、リアンと一緒に過ごすのが、とても楽しくて安心できるのは確かだ。
けれど、厚い鍛冶場の扉を通して、時おり微かな金属音が聞える度に、何よりもホッとしている自分に気づいた。
――そして、八日目。
ディーナは朝からソワソワした気分で、何度も鍛冶場の扉に目をやってしまう。
すでに家中の掃除は綺麗にしてあるし、特製スープや他にもカミルの好きなご飯も作り終えた。
夕暮れにさしかかる頃には、もう何もすることはなくなってしまい、ディーナは食卓の椅子に腰を掛けて、リアンとお喋りをしていた。
それでも、鍛冶場から小さな音がすると、弾かれたようにそちらを向いてしまう。
何度目かで首をよじった時に、リアンが苦笑した。
「カミルが武具を造る時は、いつもこうなの?」
「いつもってわけじゃ……ないと思うけど」
ディーナは赤面して答えた。
普段は自分一人きりだから気づかないだけで、もしかしたらいつもこうなのかも知れない。
「ふーん。ちょっと……じゃないな、かなり悔しい」
「え……」
「俺の予定では、二人きりの間にディーナを口説き落とす予定だったのに――っ、と」
唐突に言葉をきり、リアンは肩をすくめた。
「残念。時間切れ」
彼がそう口にした時、鍛冶場の扉が開いてカミルが顔を覗かせた。
8日ぶりに見たカミルは、目の周りに濃い隈を滲ませて、随分と疲れているように見えた。
彼は一瞬だけディーナを見たものの、特に何も言わず、すぐにリアンの方へ視線を向ける。
「できたぞ。リアン、入れ」
「ああ」
リアンが立ちあがるのと一緒に、ディーナも慌てて椅子を引く。
「あの……っ」
私にも見せてください、とディーナが続ける前に、カミルが素っ気ない口調でそれを遮った。
「ディーナ。悪いが、すぐに食事の用意を頼む。腹が減って死にそうだ」
「っ、はい!」
弾かれたように返事をすると、鍛冶場の扉はすぐさま閉められてしまった。
取り残されたディーナは、急いで台所のスープを暖めなおしにかかる。
(仕方ないよ。旦那さま、すごく疲れてるみたいだったじゃない。私も出来ることをやらなくっちゃ)