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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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ガラス玉とダイヤモンド-7


 翌朝。
 目を覚ましたディーナは、自分がちゃんとネグリジェを着て、普段通りカミルに抱きしめられているのに気づいた。
 部屋がほのかに明るいのは、ランタンの小さな明かりが灯ったままだったからだ。

(あれ……?)

 一瞬、昨日のあれは不安から見た悪夢かと思ったし、できればそうであって欲しかった。
 しかし、夢でなかった証拠に全身がだるくて辛いし、よく見ればネグリジェも新しいものに替えられている。
 ディーナが情事にくたびれきってしまうと、カミルはいつもこうして身づくろいをしてくれた。ドロドロに汚れた寝具も、魔道具を使って綺麗にしたのだろう。

 ランタンの脇にある置き時計を見れば、針はきっちりとディーナが起床する時間を示している。
 厳しい農場時代の習性から、いくら疲れていても起床時間には自然と目が覚めるのだ。

―― 拍子抜けするほど、いつもと変わらない朝。

(もしかして旦那さま……夕べ出かけた先で、何か嫌なことでもあったのかな?)

 心なしか、いつもより眉間の皺が深いカミルの寝顔をチラリと眺め、ディーナは思案する。
 彼はもう長いこと、この地で平穏に暮らしているようだが、世間から忌み嫌われる吸血鬼ということで、時には嫌な思いをすることもあるだろう。
 現に昨日だって、カミルが吸血鬼ということだけで、リアンが何も知らないまま彼を蔑んだのを、ディーナは目にしているのだ。

 カミルは昨夜、自分が吸血鬼というのをやけに強調していた気がする。
 吸血鬼に関することで、ひどく嫌な思いをさせられたのかもしれない……そう考えれば、実に辻褄が合う話だ。

(そ、そうだよ。きっと! 誰だって嫌なことがあったら、イライラしちゃうし……旦那さま……そうですよね?)

 声に出さないまま、カミルの寝顔に問いかける。
 昨夜、空虚な愛を告げられた後からの記憶が殆どない。呆然と涙を流しながら抱かれ続け、いつの間にか気を失ってしまったようだ。

 自分が思ったより遥かに貪欲だったことに、ディーナは驚いたし呆れた。
『愛している』そう囁くカミルの声を思い出すと、まだズキズキと心が痛む。
 カミルに愛されたいなんて高望みだと自分に言い聞かせ、そんな事は最初から望まないと思いこもうとしていた。

 けれど、本心ではないと戯れの愛を囁かれた瞬間、貪欲な本音に気づいてしまった。
 何も望まないなんて嘘だ。本当はカミルに愛されたいと思っていたし……おそらくはいつのまにか、本当に愛されていると思っていたらしい。

 それが間違いだと解ったら、自分が驕った考え違いをしていただけなのに、まるで裏切られたような悲しみを覚えてしまった。

 ……ひょっとしたら、あの表面的な『愛している』は、手荒に扱った事に対して、カミルなりに少し気遣いしただけかもしれないのに。


 街の市場には、娼館の若い娼婦たちもよく訪れる。
 昼間でも濃い目の化粧をして、派手な安物のアクセサリーで身を飾り、夜には一人前の女として客に身体を開く彼女たちだが、ディーナより年下の子もざらにいた。
 年季があけるか身請けされるまでは、街から出る事を許されない少女達の楽しみは、市場でのおしゃべりと、お菓子や果物の買い食いなのだ。

 ディーナが果物屋さんの店先で親しくなった娼館勤めの少女は、とても明るい性格で、結構あけすけな会話も平気でする。
 彼女が言うに、性欲処理の道具として娼婦をぞんざいに扱う客は迷惑だが、もっと困るのは、娼婦に本気で恋をして、しつこく執着する客らしい。

 娼婦を身請けするには、それなりの金額がかかる。
 優しいお金持ちの若様にでも見初められるなら夢のようだが、そんな奇跡の確立など、砂漠で一粒の真珠を見つけるより低い。
 大抵は、身請け金を用意できもしないのに、他の客を取ったと理不尽に娼婦へ怒ったり、果ては客同士で娼婦の取り合いをして殺傷沙汰になったりと、厄介ごとが実に多いそうなのだ。

『変なのに本気になられても困るけど、酷い扱いされるのも御免だし。だから、一夜限りの恋人ごっこを楽しんでくれるお客さんが、私は一番好き』

 いつだったか、彼女はケラケラと明るく笑いながら話していた。
 彼女も娼館ではかなりの売れっ子らしいから、困った客にうんざりした事も多いのかもしれない。

『本音じゃなくても、愛しているなんて囁かれて可愛がって貰えれば、そう悪い気しないじゃない? こっちもサービスしちゃおうって気になるし。お客さんも幸せ、私も幸せで、万事めでたし!』

 彼女はそう言って、自分の付けている豪華な|模造品《イミテーション》のネックレスを指先で弄んでいた。
 金メッキの真鍮と、ルビーに見せかけた赤いガラス玉のネックレスは、せいぜい銅貨数枚の品だろう。
 それでも、陽の光りを反射して煌いていたそれを、ディーナは十分に美しいと思ったし、彼女の持論になるほどと納得した。

 しかし、残念ながら自分は、彼女のように、さっぱりとは割り切れなかったようだ。


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