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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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アルジェント貿易-2


 重ねてため息をつくナザリオへ、部下が言いにくそうに口を開いた。

「すみません。追い払っても良かったんですが、気になることがあったんで、念のため元締めには報告を入れようと……」

「……なんだ、言ってみろ」

 これだけくだらない話を聞かされたのだから、いっそ最後まで聞いてみようと、ナザリオは促した。
 これで、更にふざけたことを抜かしたら、それこそコイツの尻を蹴って放り出す、ちょうど良い口実になるというものだ。
 すると部下は、意外な名を口にした。

「例の武具師が、人間の娘を小間使いに雇って、かなり厚遇しているのは本当です。……それに、随分と面変わりしてましたけど、あの老婆は潰れたバロッコ農場の妻だと思うんですよ」

「潰れた農場の? ああ……確か、金貸したちが探し回ってる夫婦か」

 詐欺にあって落ちぶれた豪農の噂なら、ナザリオも聞いていた。
 彼がここに来るより前の出来事だったので、特に興味も抱かず聞き流していた名が唐突に出て、少々面食らう。

「はい。あの農場は詐欺で潰れる前にも一度、火災と不作で傾いたのに、夫妻がどこからか大金を入手して持ち直したんです。その時の金の出どこには、色んな噂が立って……」

「俺が当ててやろうか。武具師の吸血鬼が、惚れた娘を言い値で買い取ったのさ」

 殆ど冗談で口を挟んだのだが、部下は神妙な顔で頷いた。

「前任の元締めの命令で、それをちょっと調べたんです。そうしたら、夫妻はわざわざ離れた湖畔の街に行き、そこで大量の鉱石ビーズを売って金を得たと解りました。ビーズはかなり上質で、あの武具師が造ったものに違いないようです」

「……そいつらが売ったビーズは、全部でいくつあったんだ?」

 ナザリオの質問する声から、今度は茶化した色が消えていた。

「何箇所かの店に分けて売ってたんで、正確には……二百……いや、三百近くはあったみたいです」

 首をひねって思い出しながら答えていた部下は、元締めの目つきが鋭くなったのに気付き、姿勢を正した。

「バロッコ夫妻に実子はいませんが、遠縁の娘を養女に引き取り、下働き同然にこき使っていました。そして、夫婦が金を入手したと同時期に、娘の姿は消えています」

「ふぅん……」

「夫妻は周りに、娘は家出をしたと説明していたし、娘の扱われ方を知っていた奴らも、逃げるのは無理ないと陰口言っていましたけど……本音は俺と同じように、娘をどこかに売っぱらったんじゃないかと考えてたでしょうね」

 部下はそう言った後、少し考えて付け加えた。

「武具師が小間使いを雇ったのも、ちょうどその頃です。やっぱりその娘が、夫婦の養女みたいですけど……何しろ鉱石ビーズ三百個なんて、田舎娘の代金にしちゃ高すぎますから、どうも辻褄が合わなくて。前任の元締めも結局、変な話だってそれきりにしました」

「そこまで調べてたのか。やるなぁ、お前」

 ナザリオは思わず口笛を吹き、失望しかけていた部下への評価を、逆に一段階あげた。
 つまり、老婆……バロッコの妻は、引き取った娘に逆う気力もなくなるほど恐怖と服従心を植えつけてこき使い、金に困ったら吸血鬼へ売り飛ばしたのだ。

 吸血鬼が大金を支払ったのは、本当に娘へ惚れていたのか、それともあえて不釣合いな金額を払うことで、部下のように調べを入れる者を、逆に不審がらせるためか……。

 真偽はわからないが、ともあれ再び金に困ったバロッコ妻は、債権者から逃げて裏町を渡るうちに、夜猫やアルジェントと吸血鬼の関係などを知り、小賢しい知恵を巡らせて商談を持ちかけてきたのだろう。

(そりゃぁ、自分で連れてこれねぇわけだ。他人に売ったモンを、こっちに二重で売りつけようってんだからな)

 バロッコ妻の厚顔さに、ナザリオは舌打ちをした。
 恐らく、こちらが話に乗ってきたら、まずは吸血鬼の元から娘と攫うのに手を貸してくれとでも、図々しく言い出すに違いない。

 その厚かましさには腹がたつものの、知らぬ合間に再び売られようとしている娘に関しては、特に哀れみも覚えない。
 女衒だった頃は、養女どころか実の親から子どもを買うのが、ごく普通だったのだ。
 それよりも重要なのは、その娘を買ったとして、どれほど利益を産む鶏になるかだ。金の卵を産むなら、それなりに大事に扱ってやってもいいが……。

 ナザリオ自身は、武具などそれなりに使えればいいと思っている。
 むしろ、自分で武器を手に鉄火場へ立つよりも、腕の立つ部下の方を買って、安全な場所から指示を出したいくらいだ。

 しかし、そのカミルという吸血鬼の武具師が造る武具を、喉から手が出るほど欲しがっている者が多いことも知っていた。

 噂によればその武具師は、隣国の蛇王が愛用する三叉槍さえも造ったと聞く。
 蛇王バジレイオスの三叉槍といえば、かの国の象徴であり、今や伝説の神器に数えられている武器だ。

 ―― そんな武具師をこちら側の専属にできれば、大した手柄になるのでは……?


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