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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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不穏の兆し-3


 凶暴と名高い人狼であるはずの青年は、まるで叱られた子犬のような顔をしていた。
 そしてリアンは、上着のポケットから一通の封筒を取り出すと、なぜかディーナではなくカミルに突き出した。

「まさかとは思ったけど……山の工房ってことは、やっぱりあんたが武具師のカミルか」

 やれやれとばかりに息を吐き、リアンは肩をすくめた。

「最初からそっちに行ってれば、もっと早くディーナを見つけられたのかよ……ついてねぇな、ホント」

 白い封筒は金色の封蝋で厳重に閉じられ、そこには猫のような文様が浮かんでいる。
 封筒を見たカミルが無言で眉をひそめ、素早く取ってポケットにねじ込んでしまったので、ディーナは封蝋の文様を、はっきり見ることはできなかった。

 ただ、リアンはカミルを『武具師』と言ったから、もしかして武具の注文をする紹介状なのではないかと、なんとなく憶測した。

「俺は彩花亭に宿をとってる。それを捨てるかどうかは、好きに決めてくれ」

 リアンはそう言い、一瞬だけ悲しそうにディーナを見たが、すぐに雑踏の中へと消えてしまった。

「……ぁ」

 反射的に呼び止めようとしてしまい、ディーナは声を詰まらせる。もう自分がかけるべき言葉などないのに。
 伝えるべきことは互いに言ったし、もしリアンが武具の注文をしたかったにしても、それはカミルとする話だ。

 思わぬ再会は結果として、非常に後味の悪い気分に終わってしまった。
 ただ、それだけなのだ。

 ディーナは黙って俯いたまま、やはり無言のカミルに手をひかれ、ゆっくりと家に向かって歩き始めた。

***
 ―― その頃。

 場末の酒場に付属した狭い木賃宿の一室では、市場から帰って来たばかりのバロッコ夫人が、興奮した足取りで歩きまわっていた。

 かつての豪農を知る者は、彼女があのバロッコ夫人とは、すぐに気づかないだろう。
 都の高級店で仕立てた衣服は、債権者から逃げ回るうちにすっかり汚れてすりきれ、宝飾品など欠片もない。しみの浮いた肌には白粉もはたかれず、髪はボサボサに傷んでいる。
 しかし、たるんだ皮膚に埋もれかけている目は、衰えぬ野心にギラギラと光っていた。

「ディーナが生きていたとはね! あたしたちにもまた、運がまわってきたよ!」

 夫からディーナと遭遇したことを聞いた後、彼女の行動は素早かった。
 市場を駈けずりまわって、ディーナが買い物にくる店を見つけだすと、少女の様子をそれとなく聞きだしてきたのだ。
 ここの市場に屋台を構えるものは、実におしゃべりな者が多い。客との雑談も仕事のうちと思っているようだ。

 山から時々来る赤毛の小間使い少女は、雇い主を随分と好いているらしいという話や、彼女の持つ守り石や特別製の荷車などから、雇い主の方でも彼女を随分と大切に扱っているようだということまで知ることができた。


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