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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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複雑な心境-2

 内側に渦巻く複雑な感情に、カミルが固く強張った頬をヒクヒクさせると、それを眺めてサンドラも、ニヤニヤと口元を緩ませた。

「今まで散々、ディーナちゃんを見せ渋ってたのに、急に連れてきた理由を、聞かせてくれるんでしょうね?」

「まぁな」

 カミルは素っ気無く答えた。
 ディーナをここに連れてきたのは、本人の前では話し辛い理由だからこそ、最初にコイツへ告げておこうと思ったのだ。
 もちろん、今まで会わせるのを渋っていたことなどを、これ以上暴露するなと釘を刺す目的もあるが。

「じゃ、手早く聞かせて貰おうじゃない」

 更に興味深々という顔つきになったサンドラに促され、カミルは見慣れた診療室の扉をくぐる。
 彼女の診療室は、白木の家具で統一された、機能的で気持ちの良い空間だった。
 カーテンや診療用ベッドの敷布は、ごく淡い生成り色で、見る者に清潔感を与えるが、冷たすぎもしない、とても温かみのある色だ。

 サンドラが正式に医者と認可されず、裏社会の者たちを相手にする闇医者となっているのは、彼女が何かしでかしたわけではない。
 吸血鬼や人狼と違い、アラクネなど他の魔物種は討伐対象でこそないものの、街で商売を起こすのはあまり歓迎されないのだ。
 よって、そこらの藪医者よりよほど腕がいいサンドラも、無許可の闇医者となるしかなかった。

……とはいえ、人間や魔物を問わず、彼女のような医者を必要とする者は多いのも事実である。
 サンドラはこの街の裏社会で、かなり重宝されている人物であり、そしてカミルもまた、彼女の価値を正しく知る一人であった。

「……忙しそうだな」

 カミルは診療室を見渡し、開口一番に述べた。
 サンドラの助手は、とても有能な少年だ。
 室内はいつものように掃除と整頓が行き届いていたが、未処理のカルテが溜まっているし、シンクには大量の包帯や器具が消毒液に浸かっている。

「最近、揉め事が多くてね。あんたも少しくらいは聞いてるでしょ?」

 カミルに椅子を勧めたサンドラは、自分も愛用の椅子に座ると、窓から見える賑やかな街並みに、チラリと視線を向けた。

 宿泊通りを一本裏にいけば、賭場に娼館、いかがわしい品を扱う店や盗品古売所などが揃う場所がある。
 彼女のお客になる者は、大抵そこで怪我を負った者だ。

 こういった、いわゆる闇通りと呼ばれる場所は、街がある程度の規模になれば自然と発生し、当然の流れとしてそこを仕切る組織が出てくるものだ。

 この街の闇通りでは現在、二つの大きなマフィア組織が支部を張り、ほぼ同等の縄張りを陣取っていた。
 どちらも本拠地は王都に構えており、ここの他にもいくつもの支部を持っている。王宮内や軍にも口聞きができる大組織だ。

 片方は『夜猫商会』もう片方は『アルジェント貿易』と、双方とも表向きにはまっとうな商い看板を掲げているのも同じ。
 強いていえば、九尾猫を頭首としている夜猫商会の方が、所属する者に魔物がより多いという点くらいか。

 そして公にはされないが、この国で討伐対象となっている吸血鬼や人狼も、この2組織のどちらかに所属し、毎年一定の金額を納めていれば、討伐されることはなかった。
 報酬目当てに誰かが憲兵へ通報しようと、書類の段階ですみやかに廃棄される。

 もっとも、それが通じるのは王国正規の憲兵のみで、個人の賞金稼ぎなどはこの限りでない。
 だが、派手に暴れまわったりしなければ、賞金など最初からかけられないし、そんな馬鹿をやらかす者には、組織の方で先に刺客を送り込んでくる。

 ちなみに夜猫商会の頭首は、カミルに武具の発注を紹介できる、数少ない者の一人だ。
 カミルがどちらに所属しているかは、言わずもがなである。

 かつて世界を旅していた頃に知り合った夜猫の頭首は、絶対に善人ではないものの、それなりに気持ちのいい悪党だ。
 カミルが黒い森を棄てた時、組織専属の武具師にならないかとも勧めてきたが、カミルにその気がないと知ると、それ以上は強要もしなかった。

 それ以来、カミルは夜猫にしかるべき代金を払い、代わりにこの地での安泰を買っている。
 そして時には、頭首がこれと見込んだ相手に、武具を作ることもあるという関係だ。

 ディーナは、カミルがここに工房を構えていられるのは、付近の住民の好意を得ているゆえと思っているし、表向きにはそういう事になっている。
 しかし、実情はこうなのだ。

 世界はそれほど優しくない。ディーナのようには甘くない。



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