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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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複雑な心境-1

 ―― まさか街中で人狼を相手に、ディーナ争奪戦になるとは……。

 本日の出来事は、長く生きてきたカミルにも、さすがに予想できなかった。
 蜘蛛女医と部屋を出ながら、カミルは小路からここまでの道のりでした苦労を、頭の中でチラリと振り返る。


 それなりの装備をしていればともかく、素手で人狼と力勝負に挑むなど、愚の骨頂だ。
 人狼の生まれ持つ豪力は、他の種とケタが違いすぎる。
 あの薄暗い小路の壁には、除去屋が手抜きをしたのか、鉱石木の細いツルが何本も駆除を免れて残っていた。
 カミルは小路を飛び出すと同時に、鉱石木のツルを操り、リアンの足へと絡み付けてきたのだ。
 まだか細いツルは、人狼の馬鹿力ですぐに引きちぎられたが、その一瞬でカミルはかなりの距離を稼いだ。

 不利な土俵は選ばず、己の得意分野に相手を引き込むのが、勝負の定石。
 混雑した通りでの追いかけっこなら、圧倒的に吸血鬼が有利となる。
 たとえ獲物との距離が開いても、人狼はその優れた嗅覚で容易に追って来られるが、ちょうど収穫祭が間近だったのも、カミルにとって運が良かった。

 遺跡目当てに街を訪れる探索者の急増加で、通りにはいつもより食べ物の屋台が多い。
 しかし、そうでなくとも収穫祭が近づくこの時期は、付近の町や村から多くの行商人が屋台を出すのだ。昔はこの収穫時期に、各所からの名産品を物々交換していた名残らしい。
 その運ばれてくる名産品の一つに、低濃度の塩水で発酵させた魚があった。
 独特の風味をもつ伝統的な保存食だが、強烈な臭気を伴うゆえに、市街地の屋台で売るのは、この収穫祭の時期しか許可されないという代物。
 その匂いの強さから、俗に『人狼の鼻惑わし』と呼ばれる醗酵魚の屋台を見つけたカミルは、横をすり抜けざまに魚の樽をひっくり返して、中身をぶちまけたのだ。

 気絶したディーナを抱えている負荷があるとはいえ、細心の注意で気配を消し、素早くすり抜けていった吸血鬼の存在に、周囲の人間は誰も気がつかなかった。
 突然、樽が倒れてきたようにしか思われなかったし、激臭の醗酵魚とその汁が降りかかった人々は、樽の倒れた原因を考える余裕などない。
 混雑した路上の一画には、目に沁みる凄まじい臭いが立ち込め、大混乱となった。
 醗酵臭を振りまきながら右往左往する人々が、さすがの人狼の鼻からも、カミル達の匂いをかき消してくれる。
 屋台店主には悪いことをしたとは思うが、ポケットに代金及び迷惑料を放りこんでおいたから、あとで気づくはずだ。

 ……とにかくカミルは、そんな手段を持ちいて、ディーナへ並ならぬ執着を見せる人狼を、ようやくふりきれたのだった。


(……まったく、図々しい奴だ!)

 カミルは舌打ちしたい気分で、今日は対人狼用の武具を持っていなかったのを、心から惜しく思った。
 小路ではまだ詳しい事情を知らなかったものの、リアンがディーナへ微笑ましい親愛をしめす程度だったら、それを咎めるほど狭量ではない。
 だが奴はディーナを『俺の女』と言い切ったのだ。当然とばかりに心の底から、何の迷いもなく!!
 思い返しただけで、フツフツと怒りが込み上げてくる。

 ディーナは、農場の使用人たちからも辛く扱われた経験から、自分の魅力が著しく乏しいと思い込んでいる。
 だから、あの人狼が自分に惚れていると言われても、信じられないのだろう。
 己が彼に与えたものの価値を、正しく認識していない。
 無防備すぎるのは困ると思うが、そんなディーナが妙な反論をしようとしたおかげで、思わぬ告白を聞けることとなったのだから、実に複雑な気分だった。

『最初に一度は大嫌いになったなずのに……こんなに大好きになっちゃったんです!』

 お前は一体、どこまで俺を骨抜きにするんだと、心の中でディーナへ唸った。

 ディーナが懐いてくるのは他が酷過ぎたからにすぎないという、カミルが今も根底に抱いていた苦悩を真っ向から否定し、その上で好きだと告げてくれた。
 悪い箇所もちゃんと目に入れているし、一度は嫌いになったと断言したうえで、これ以上ないほど有頂天にさせる言葉をくれた。

 何と返事をして良いのかさえわからず、その場で押し倒したくてたまらないのを、必死で堪えるしか出来ない有様だった。

 同時に、リアンが過去の思い出からディーナへ執着しているにしても、今から彼女と親しくなれば、ますます惚れこむのは間違いないと確信する。
 どんなにリアンが過去を美化していようと、現実のディーナは更に愛らしいのだと、カミルは信じて疑わない。

―― 非常に、危険だ。



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