優しくない子-5
アラクネはほとんど全て女性で、妖艶な肢体を持つ魔物である。
ディーナもお使いの際、たまにアラクネを見かけるが、こうして間近で会話をするのは初めてだった。
胸やお尻は十分に張り出しているのに、くびれた腰は、ディーナよりも細いのではないかと思うほど。
―― 私の理想がっ!! 今っ!! ここにっ!!
ディーナは口を半開きにしたまま、うっとり見惚れてしまったが、ハッと我に返った。
「は、はい! こちらこそ、宜しくお願いします!」
サンドラの手を夢中で握ると、黒曜石のような彼女の瞳が、にっこりと細められた。
(ふわぁぁ……本当に綺麗な人……)
もはや崇める気分で、ディーナが再び蜘蛛女医に見惚れていると、カミルが唐突に椅子から立ち上がった。
「ディーナ、サンドラと少し話をしてくる。呼ぶまで待っていろ」
視線で戸口を示すカミルを、サンドラが少し不服そうな顔で振り仰いだ。
「あら……じゃぁ、診察室で話すから、ルカがディーナのお相手をしてね」
カミルと部屋を出ながら、戸口に控えていた助手少年に声をかける。
「はい、先生。ディーナさんは、こちらへどうぞ」
栗色の髪と目をしたルカ少年は、おそらくまだ十五になるかならないかくらいの年齢だろう。細身で小柄な体格は、ややひ弱そうと言われてしまいそうだ。しかし、とても落ち着いていて、賢そうな雰囲気の少年だった。
「はい……」
促されてディーナも廊下へ出ると、カミルとサンドラが突き当たりの角を曲がっていくのが、チラリと見えた。
カミルの無愛想なしかめっ面へ、サンドラが面白そうな笑みを向け、何か言っているようだ。
二人が親しいのだと、今更ながら急に、思い知らされたような気がした。
無意識のうちにディーナの視線は、もう見えなくなった二人の姿を追うように、廊下の曲がり角へ固定されていた。
(……昔からの知り合いだもんね)
解りきっていることを胸の内で呟くと、なぜか心臓の辺りに、チクンと小さな刺が刺さったような気がした。