優しくない子-4
「だから、最初に一度は大嫌いになったなずのに……こんなに大好きになっちゃったんです!」
ようやく最後まで言い終えたディーナは、ハァハァと息を切らし、寝台に両手をついて身体を支えた。
カミルとは違い、自分がリアンに僅かな手助けをできたのは、たった一度きり。
もしかしたらあの人狼青年は、昔の思い出をすごく美化しているんじゃないかと、そういう事を言いたかったのに、話がすっかりそれてしまったような気もする。
「……」
カミルは黙ってディーナを眺めていたが、不意に顔をいっそうしかめて猛烈な勢いで背けると、先ほどのように、両腕で顔を覆って机に突っ伏してしまう。
「あの……旦那さま?」
そのまま身じろぎしない背中に、ディーナがおずおずと声をかけると、非常に不機嫌そうな低音が返ってきた。
「……なんだ?」
「はぐれたりして、すみませんでした。旦那さまはどこかに用事があったのに……」
どうして急に街へ来たのかは知らないが、ディーナが迷子になったせいで、大幅に予定が狂ったのは確かだろう。
今からでも急げば間に合うか尋ねようとすると、カミルが顔をあげて振り向いた。
これでもかというほどのしかめっ面だが、陽を全く浴びない白い頬には、心なしか薄く赤みが指しているように見える。
「はぐれたのは、俺の配慮が足りなかっただけだ。それにな、目的地はここだ」
ちょうどその時、扉がノックされ、ルカと名乗った助手少年の声が聞こえた。
「カミルさん。先生がお帰りになりま……」
「ちょっと、ちょっとぉ! いきなり何かと思ったら、やっとディーナちゃんを見せる気になったって!?」
勢いよく扉が開き、ハスキーな歓声と共に、白衣を羽織った背の高い女性が飛び込んできた。
目鼻立ちのくっきりした美女で、濃い色の金髪を頭上で一まとめに結っている。
裾の長い白衣の下には、身体の線が際立つピッタリとした黒いミニドレス。すんなりと長い美脚には、光沢のある薄いストッキングを履き、赤いピンヒールが余計に彼女の背を高くしていた。
「っ!?」
驚いて目を見開くディーナの元へ、女性はカツカツとヒールを鳴らして駆け寄ると、かがみこんで手を差し出した。
「サンドラよ、宜しくね。貴女のことは、カミルからよく聞いてるわ。ディーナと呼んで良いかしら?」
長い指の先に小さな穴があるのは、彼女が魔物の一種である蜘蛛女《アラクネ》という証だ。
カミルから、医者がアラクネとは聞いていたが、名前やどんな人物かまで教えられていなかった。ディーナの目は、彼女へ釘付けとなる。
正確には、ドレスの胸元で深い谷間を作っている、見事な巨乳に向けてだ。